悲恋
1章 生還
ピッピッピッピッ・・
1月11日の深夜

突然暗闇に青い点滅が始まり、着信音が鳴り始めた。

小さな光は、赤、青、緑と様々に変化し、やがて虹色を帯たスポットライトとなった。
その先に男が、死んだように眠っている。

顔は、青白く痩せ細り、薄汚れた下着から伸びた手足は微動だにしなかった。

男は、枕元に2通の遺書を残し大量の睡眠薬を飲んだ。
やがて意識がなくなり、宇宙の遥か彼方に引きずり込まれていく。

暗闇の遥か彼方から讃美歌が聞こえ白装束の姿をした人が群がっている。

今まで歩いてきた道を振り返ると遥か彼方に幼子が「パパ!」と笑顔で大きく手を振りながら呼んでいるのが見える。

足元に絶壁の溝があり、それを越えると完全に死の世界に踏み込む。

一歩前に踏み出そうとした瞬間に、全身に閃光を浴びた。停まっていたはずの心臓の鼓動を微かに感じた。

虹色の光は、男を照らし続けている。その光りは生死の境界いる人間を蘇らす不思議な魔力を秘めているのだ。

「パパ、パパ!」
幼子の声が更に大きくなり、大きく手を振って段々と近づいてくる。

2年前に別れた娘の香織だった。

「香織!」
男が、娘を抱きしめようとした瞬間に娘の姿が消えた。

真冬の寒気で全身が震えてきた。
生ごみの異臭を感じた。
強烈な空腹感と喉の乾きを感じた。

生きていることの苦痛が男の心身を襲う。

それに耐えかねた男は、部屋中をのたうち回る。

瞼をゆっくりあけると、窓の外の街灯の灯りが眩しく感じる。
「寒い!」
毛布に気が付くと全身に巻き付け、体をゆっくり起こした。

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