いきぬきのひ
「あはははぁ〜、案外、キますねぇ。この乗り物」
 能天気な電子音のBGMとは裏腹に、瓦屋根を載せた家型のゴンドラは結構なスピードで天高く、しかもクルクルと周りながら登っていく。なんだか心臓の辺りがむずむずして居心地が悪い。実は私って高所恐怖症だったのかもしれない。
 彼は私の向かい側に座り、じっと外の景色を見つめている。
「なんか、ちょっと、気分いいですよね。だって、ほら。いまこのアトラクション。私たちだけの貸し切り、だし」
 妙にはしゃぐ私を彼はちらりと見ると、少し困ったような笑みを浮かべて、また外へと視線をずらす。私もそれにつられて窓の外に目をやると、眼下には夕暮れに染まる箱庭のような遊園地とゴミゴミした下町が広がっていた。
「……、今日は」
 彼が、思い詰めたように小さく呟く。
「はい?」
「あ、いや。なんでも、ない」
 私も何かを言おうとしていたけれど、彼との短い会話の間に、言葉を逸してしまって焦る。人の気も知らないで、あいかわらずゴンドラは容赦なくクルクルと間抜けな電子音と共に、下町の夕焼け空を回り続けている。
 何か。なんでもいいから言わなくちゃ、とますます焦る私の口から、思いも掛けない言葉が滑り落ちた。
「……この辺。昔、住んでたんです。子供が産まれる直前まで」
 突如、彼が立ち上がった。それに呼応するように、ゴンドラが大きくゆれる。
「あ、危ないからっ」
 私の制止などおくびにも掛けず、彼は怒ったような表情で、私の横へとドカリっと座ると、ゴンドラが激しく斜めにかしいだ。
「あ、ほら。係のヒトが、バランスって、落ちちゃうって!」
 次の瞬間。彼の腕が私に伸びてきて、目の前がブラックアウトした。
 耳のすごく近いところで、声がする。
「キミと落ちるなら、本望」
 不意に、私の視界が戻る。でも、すぐ目の前には、先ほどの不安定な瞳とはうって変わって、いつもの強気でしたたかで、それでいて少年っぽい瞳。
 そして。その瞳に映り込む、迷いの無い自分の表情に、内心、驚く。
 驚きながらも、私は瞳を閉じた。
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