まだ、心の準備できてません!
「……三木さんは、知ってるんですか? 浅野さんが何を考えているのか」


肩に掛けたバッグの紐をぎゅっと握りながら尋ねると、彼女は無表情を崩さずに迷いなく言う。


「知っていますよ。私は、彼に信頼されていますから」


胸が、締め付けられたみたいに苦しくなる。

そうだよね……三木さんは浅野さんにとって特別な人なんだから。何でも話していたって不思議じゃない。

そんなことわかりきっているのに、どうして聞いてしまったのだろう。


また胸が痛み出すのを感じて目を伏せていると、オフィスから漏れ聞こえる、がやがやとした騒音に消されそうなほどの小さな声で、三木さんが呟く。


「……信頼はされていますけど、ただそれだけです」

「……え?」


“それだけ”って、どういうこと?

彼女を見やると、わずかに寂しげな色を湛えた瞳で、どこか遠くに目線をさ迷わせていた。

私の疑問が解消されることなく、三木さんは一歩足を踏み出してドアに手を掛ける。


「私からはお教え出来ませんので。申し訳ありませんが」


事務的に告げると、彼女はオフィスの中へと姿を消していった。

私の中にはもやもやとしたものだけが残って、わからないことだらけで気持ちが悪い。

糸がぐちゃぐちゃに絡まった状態で、私は上の空のままトワルを後にした。




< 261 / 325 >

この作品をシェア

pagetop