まだ、心の準備できてません!
抱きしめられながら、ただつっ立っているだけの私に、彼が耳元で再び囁く。


「いい加減認めろ……俺のことが好きだって」


それは強引で、トドメを刺す一言。

けれど、決して自信に満ちたような声ではなく、苦しげに懇願しているように聞こえた。


身体は彼に抱き留められたけれど、妨げていたものがなくなった瞬間、心は真っ逆さま。

──落ちてしまった。完全に。

私は、この人が、どうしようもなく好きだ──。


そう認めると、胸の奥から熱が湧いてくるとともに、すとんと落ち着くような心地良さを感じた。

本当は気付いていた。

彼に迫られてドキドキするのも、三木さんとのことにショックを受けていたのも、全部恋に落ちる予兆だったのだと。


「……苦しかったです、ずっと」


温かな腕の中で、ぽつりと呟く。


「好きになっちゃいけない……恋に落ちたらいけないって、ずっと自分にブレーキを掛けてました。……本当は、すごく惹かれてたのに」


本音を口にすると、再び瞳に込み上げるモノで、徐々に白く染まっていく景色が揺れる。

その視界に、少し身体を離した浅野さんの端正な顔が映り込んだ。

愛おしさと切なさが混ざった微笑みを浮かべた彼は、少しイタズラっぽく言う。


「悪かった、我慢させて」

「……ほんとですよ」


涙をいっぱい溜めた上目遣いで口を尖らせてみせると、彼はふっと小さく笑った。

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