ひと夏の救い
「だ、だから、あのぅ!あたしはまったく、新井…クンを狙っていたんじゃなくって!あたしはピアノが好きで!たまったま新井クンがピアノ練習してるときに来て、なんかピアノ教えてもらえる事になって!…あれ、ていうか新井ってピアノ出来るんだ。チャラい見た目なのに意外。って、は!そうじゃなくて、だから、いきなり『王子四人衆』が集まったりしたけど、あたしは全然シタゴコロなんてなくてっ…」

「ストップ!一旦止まりなさい!」

青白い顔をして目を回しながら
さっきと同じことをまくし立てる松井さんに、
このままじゃ堂々めぐりだわと悟って
大きな声をだす。

なんで私が止めなきゃいけないのかしら。はぁ。

私の喝にピタッと動きを止めた松井さんは、
もう余計なことを喋らないようにか
両手で口を塞いでぷるぷる震えた。

ため息をひとつ着いた私は、
出来の悪い子に話すような感覚でゆっくりと言う。

「1つずつ聞くから、落ち着いて答えてちょうだい。いい?」

その私の言葉に死の宣告をされたみたいに
蒼白な顔色で絶望の表情を見せた松井さんは、
ブンブンと音がなりそうなくらいに
頷いて応えた。

過剰なその反応が納得いかなくて
少しムッと心の中で思ったけれど、
不機嫌な表情を今の松井さんに見せたら
話すどころじゃなくなる気がして耐える。

「まず、えーと、『ひょうきの荒峰明』について教えて」

一個ずつと言ったので、
まずは気になる自分に関しての言葉から質問することにした。

夏なのに寒いのかしらってくらいに
ブルブル震えながらも
塞いでいた自分の両手を
ゆっくり外した松井さんが口を開く。

「あの、あたしを、殺さない?ぁ…ですか?」

敬語になれていないのかしら?
というより同い年なんだから
敬語でなくても良いのに。

とは思うけれど、
いちいち指摘していたら話が進まないので
その物騒な尋ね事にもとりあえず、
そんな事する訳ないじゃない!
と眉を釣り上げて怒鳴りたくなるのを
懸命に抑えて
「…殺さないわよ」と返した。

でも、もしかしたら少し口が
怒りのあまり
引くついていたかもしれないけれど、
私の言葉に少し安心したのか
ほっと息を着いた松井さんを見るに
バレていないようなのでセーフ。

意を決した表情で尻もちを着いた体勢のまま
私を見上げた松井さんが
一度ぐっと唇を引き締めてから、
ゆっくりと口を動かす。



「荒峰、さんは____________」


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