月だけが見ていた
「ちょっと歩こう。」
司くんの提案に、小さく頷いて
私はベンチから立ち上がった。
目に飛び込んでくる街並みは、あの頃のままで
いちいち、私を切なくさせる。
「…上原」
「なに?」
「手、繋ごっか。」
半歩先を歩く司くんが
前を向いたまま言った。
その態度が彼流の照れ隠しだということを
私は、ちゃんと覚えている。
「……うん。」
10年ぶりに握った左手の温かさに
愛しさで胸がいっぱいになった。
骨ばった手は、間違いなく男の子のそれなのだけど
二見主任とは、やっぱり違う。
…なんて
思わず浮かんだ感想を、慌てて頭の中で打ち消した。