月だけが見ていた
「上原、歩道橋の階段から落ちたの覚えてる?」

「あ…うん」

「あの瞬間、上原の意識は急速にこっちに近付いた。」


司くんの話を聞いているうちに
おぼろげだった記憶が、だんだん甦ってきた。


終電間際の歩道橋

首に巻いたマフラーの感触

街灯に照らされた 二見主任の横顔。



「私、死んじゃったんじゃないの…?」

「違うよ。意識不明の状態なのは、今だけ」


司くんの歩くスピードが
だんだんと落ちていく。


「俺が、上原をこっちに引っ張っちゃったんだ」

「……」

「どうしても、もう一度だけ話がしたくて」


繋いでいる手に 無意識に力を込める。


「どうしても、」


十字路を曲がって 私の目に飛び込んできたのは
最初に見た、大きな楓の木。



「きちんとさよならを言いたくて。」



ーーーどくん、と

耳の奥に、心臓の音が弾ける。


公園のベンチの前で足を止めた司くんは
振り返って、私と向かい合う形になった。


「上原を、元の世界に返さなきゃ。」


いつの間にか 大きな満月が空に浮かんでいた。

月明かりの下、
司くんは穏やかに微笑む。



「俺、上原に会えてほんとに良かっ・・・」

「ーーーやだよっ!!」

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