月だけが見ていた
「…こんなつもりじゃなかったんだけど」

手の甲で乱暴に涙を拭いながら
司くんは薄く微笑んだ。


「あの公園に戻ろう」

「え?」

「時間がない」


立ち上がった司くんは
私の手を引いて、早足で歩き出した。





「待ってよ…司くん」


司くんに手を引かれるまま
私たちはいつの間にか小走りになっていた。

さっきと同じ景色が
今度は、逆の順番で通り過ぎていく。


不思議と疲れは感じない。
でも妙な胸騒ぎがしていた。


「司くんっ」


公園の手前で 私は足を止めた。



「時間が無いって、どういう意味?」



背中に向かって、問いかける。


「ねぇ…」


司くんがこちらを振り向かないことが
余計に、私を不安にさせた。




「……上原が帰れなくなる」



え…?



「上原の意識は今、この世とあの世の狭間で宙ぶらりんの状態なんだ。」


自然に私の手をとって、また足を進めながら
ぽつりぽつりと、司くんは話す。
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