泣き虫イミテーション
偽物の快哉
「〜〜〜………っ」

朔良は煩悶するように、黙り込む。
迷い、悩み、後戻りできないと知りながら選びとる。

「…送るよ」

「…そう。それでいいんだね」

朔良の差し出した手を握る。光成とは違う手。体温はたかくて、少し汗ばんでいる。
二衣はいたく満足げだ。
朔良が自分の意思でついに、その手を出したから。
それに比べて朔良は、耳の奥で脈をうつ音が聞こえるほどに、緊張している。友人への後ろめたさと、この人を手にしていいのかという不安。なにより、砂糖菓子のようにあまく、柔らかな時間が指から伝わること。

(俺が手を出していい相手じゃない。でも、欲しいと思うよ)

駅の改札口で手を離すまで、二人は何もしゃべらなかった。けれど、手を離したとき、二衣は朔良の顔を覗きこんで、にっこりっ笑う。
朔良は顔の少し赤いまま、二衣の顔にかかる前髪を払い、頬に触れる。

「じゃあね、橘さん」

「名前でいいよ。朔良くん」




「じゃあね、二衣。また、明日。」
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