泣き虫イミテーション
偽物の恋人
「…二衣」

二衣さんは眠っている。リネンのシーツの上に柔らかな曲線を描いて髪が広がっている。

相澤朔良と二衣さんのロミジュリは結ばれない。ざまあみろだ。そもそもロミジュリは結ばれないけれど。

時刻は午前2時。冷たい空気の中に半身だけ起こした。暖房は止まって、加湿器の静かな音だけが聞こえている。

二衣さんの毛布から出ていた肩がひえて、陶器みたいだなと思った。

一衣さんのせいで今日は散々だ。いく先々で女の子に絡まれた。二衣さんのためとはいえ、色んな子に愛想を振り撒き過ぎたと反省した。そもそも俺としては二衣さん以外に興味はない。ロリコンならぬ二衣コン。なのにわざわざ恨まれるんだから馬鹿げてる。

若松さんに用意してもらった台本を読み返す。そんなに多くない台詞はもう覚えられたけれど、動きとかはどうしようもない。

しかし婚約者をぽっと出の男に奪われちゃう男の役だなんてかなしー。いや、本当にどうなんだろな。まるでこれから相澤朔良に二衣さんを奪われちゃうとでも言いたげだ。あー、チョコレート食べたい。

暖房をつける。暫くして部屋の中が温かくなってきてから、ベッドから降りた。冷凍庫の板チョコ。冷たいし、かたい。一口に折って、口の中で溶かしていく。

二衣さんはいつもより落ち着いている。とても今日一衣さんに会ったとは思えないくらいだ。もっと戸惑って、泣いて、辛そうにするのを想像していた。

相澤朔良がなにかしたんだろうか。

あの狭いパーティションの内側、二衣さんが苦しそうに顔を歪めたとき掬い上げて連れ出したのは相澤朔良だ。俺じゃない。一衣さんを追い返したのも俺じゃない。お姫様が救ってくれた王子様に恋してしまうなら、俺じゃなくて相澤か若松ということになってしまう。ふざけんな。俺のだ。

でも明日ロミジュリを演じたら、その時俺の最愛は悩む間もなく相澤朔良のもとにいってしまう。心臓がいたい。許さない。

この世で一番二衣さんを愛しているのは自分だという自負。何度も言うようだけれど、ぽっと出の相澤朔良なんかに二衣さんを奪われるわけにはいかない。

朱本の血を高貴なものにするための結婚でも、この女は俺が選んだ。二衣さんは俺のものだから。

「だから、虚構の世界で心中してろ。この人の隣には、俺だけだよ」
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