泣き虫イミテーション
帰りのHRがおわり、光成は突然劇に出たことでクラスメイトたちに囲まれていた。出るんだったら教えとけよ、なんて言う友人に冗談で返す。
ドアの小窓から、廊下を一人急いで歩く二衣が見えた。珍しい。しかし友人たちに囲まれているため追いかけようもない。

それからしばらく時間が経ってから、やっと帰路についた。日が暮れるのはとっくのとうで、空は紺碧に沈む。冷たい空気に身を縮こまらせながらマンションにつく。カードキーで開けたドアの先に光はない。まだ二衣は帰っていないのだ。
とりあえず明かりをつけて、リビングのソファに腰掛ける。温風を吐き出す暖房が落ち着くまで待ってから立ち上がり、テレビを点けて、消した。
どうしていいか分からない焦燥感。駆け出したいような、叫びたいような痛みが内臓を絞る。いまどこにいるんだ、と。まるで二衣さんになったみたいだと、焦る自分を笑った。

『君から離れて私、どうするだろうね』

いつか二衣が言っていた台詞が、不意討ちのように思い出される。離れてしまうものだろうか。二十歳になるまでならお互いをそばに結びつけておくものなどないのに。
離れて行くわけないと思えたのは、自分以上の愛情を注げる人間などいないと思っていたから。でも二衣が朔良に恋をしていたなら?

今まで二衣があそこまで他人に気を許すことがあったろうか。
もし今も朔良といるなら?

テーブルに放置していたスマホをつかんで、二衣に発信する。でない。留守電が流れる前に切って、もう一度。やはり出ない。

(そろそろ帰る時間だよ、二衣さん)

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