雨に似ている
「まさか。今朝、退院した。外出の許可はもらっている」

詩月の拍子抜けするほど明るく優しい笑顔に、3人は戸惑う。

「2年前のコンクールから色々悩んで、何もかもダメだと思っていた。何をやっても自信が持てなかった……まともにピアノを弾けなくなって、ピア二ストを諦めようとも思った。でも屋上でヴァイオリンを弾いた時、君と安坂さんに言われた言葉がずっと、ここに響いて離れなかった」

詩月は胸に手をあて微笑んだ。

細く掠れた声で、一言一言呼吸を確かめ、言葉を噛み締め話す。

「ライブの後、ピアノが弾きたくて……ショパンを弾きたくて堪らなかった。緒方、聴いてくれないか? 『雨だれ』……僕のショパンの『雨だれ』」


「周桜の『雨だれ』?」

郁子が思わず声を漏らす。

ライブの最後に詩月の弾いたピアノ「ショパン作曲『別れの曲』」凛と澄みきったピアノの音、希望に満ち颯爽とし迷いなく晴れやかにピアノを奏でた詩月の表情が思い出された。
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