雨に似ている
コンクールに出場しない詩月の姿、詩月のピアノの音を幾度も思い浮かべてきた。

郁子は目の前の詩月の姿に、胸が押し潰されそうになる。


「……練習する気が失せた。17時まで予約している」

郁子の表情が強張る。

詩月は、まだ辛そうに息をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。

「鍵だ、使うならどうぞ」

詩月は穏やかに言うと練習室の鍵を、ピアノの上に置いた。

郁子は目線を上げ、詩月の仕草を目で追いながら、行動を起こす気にも、返事をする気にもなれなかった。

17時までには、まだ40分近くある。

詩月は、引き裂いた楽譜の切れ端を丁寧に、拾い集める。

楽譜用のファイルに挟み、鞄に詰め、郁子の様子をちらっと見る。

詩月は郁子に、どう声をかけていいかわからず、黙って練習室を出た。


「……ショパンを弾くとろくなことがない」

深く溜め息をついた。
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