私の優しい人
 独立したシャワーブースでゆっくりと体を流し合う。

 香りの良いシャンプーはドライヤーで乾かした後もいつもと手触りが違う。
 アメニティーも可愛らしい。

 たったそれだけの事で、ここに来て良かったと思った。


 私たちはずっと話をした。

 3泊の勉強会の内容が難しかったとか、そこで食べた物の話とかを啓太さんが喋り出し、ごく普通の会話。

 並んで贅沢なベッドに横たわる。

 取り止めのない話をして笑い合うのは、幸せだ。

 今日は、帰らなくてもいい。
 朝まで一緒。


「好きだよ」

「私も、好き」
 言葉一つで私は溶ける。

 横にいたはずの彼は、簡単に位置を変え、私の腰のあたりに跨っている。

 見上げれば、黒髪の隙間から覗く彼の瞳からも熱気が伝わる。

 彼の手が私の腕をつかむ。
 そこにぐっと力を入れて彼の体を引き寄せる。

 そしてまたキス。

 ここに駆け引きなんて必要ない。
 自分を差し出せば、丸ごと愛してもらえる。


 そこからは記憶が曖昧になっていく。

 小さな波に何度も攫われた。

 彼に最後の波が来て解放されても、私の涙は枕に吸い込まれ続けた。


 こんなに強く求め合ったのは初めて。

 欲望が去っても私の中に残るもの。

 それは出会った時からずっと膨らみ続けている。


 ふと、手の甲が自分より高い温度に包まれる。
 彼が指を絡めてくる。

 細く長い、しなやかな指。


 結婚したいな……

 口に出せる訳ない。

 春からは遠距離恋愛。

 私が寂しさに耐えるのと同じように、彼もまた耐えてくれるなら、それは幸せな事だと受け止めて頑張っていくしかない。

 啓太さんが好き。

 結婚したい。

 離れたくない。

 この気持ちはこの先も変わらない。
 だから私は幸せだ。

 少しでも私の気持ちが伝わりますように。

 気怠さを隠さない彼が眠りに落ちてしまう前に、私から情熱を込めてキスをした。

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