王子の結婚

「でも妃の方がどう思ってたかは分からないからね、意に沿わず嫌な思いをしていたのかも知れない」

少し影を落とした表情でユナを見つめる

そんなことはない、なんて軽々しくは言えない

幼いソウは嫌だと言っていたのだから
結婚が決まった当時のカイの正妃もそう思っていたかも知れない



「ソウは皇太子で、その身にかかっている圧は私よりはるかに重い
そしてその役目を心得ている
だから結婚など、政のひとつだろう」

ドキンっ

その言葉に心臓が嫌な音を立てる  

そんなの分かっている
だから愛されたいと求めたりしない
私が愛そう、そう決めたのに

人から言われると心が揺らぐ

「ユナはそれじゃあ嫌だろう?」

自分の心の中の弱いところをついてくる
私の決意を簡単に崩そうとするかのように

「ユナの気持ちを私が汲み取ってあげたい…」

カイの右手がユナの左の頬に添えられた
その言葉、その行動に吃驚して固まっているユナに更にたたみかける

「ユナが私の妃なら愛を尽くせたのに…
王妃になるのは大変なことだ
辛く厳しいことも多いだろう
私の腕の中に囲って守ってあげられたらいいのに」

綺麗な顔で微笑み、そのまま頬をスッと撫でる

今、何を言われているんだろう…
目の前にいるのは婚約者の兄

まるで他人事のように耳に入ってくる

「昔のようにね…」




えっ…!?


数秒遅れて言葉が頭に入る

昔って…


「やっぱり覚えてないよね?
君がまだ婚約する前に会ってるんだよ、私たちは」

頬に添えていた手を下げ、ユナの左手をそっと掴む
無口なはずのカイが饒舌に語る


『これは聞いたらいけない』


何故か心が信号を送っている
でも彼はそのまま続けた


「その頃、私は何度か街に下りてたんだ
君はいつも家から抜け出してたね」

思い出しているかのように笑う

確かにユナは幼少時は頻繁に家を抜け出していた
家に居場所がない気がして…

幼いながらに感じていた孤独感

年の離れた兄と姉がいる
12歳上の兄は優秀な後継ぎとして誰からも期待され、8歳上の姉は美しいと評判の母と似てきて、綺麗な少女へと成長していき、良家からの縁談の話も途切れない
両親にとっても自慢の子供たちだったのだろう

年の離れたユナを、兄や姉が構うことはなく、父は兄の師として他を顧みることはない
母は幼さゆえに甘えたがるユナを、徐々に遠ざけるようになり、4歳になるその頃には抱き締められることはおろか、触れ合うことさえなくなっていた

「お父様やお母様からの愛情をもらえなかった君は寂しそうによく一人でいて
ほっとけなくて、愛してあげたいって思ったよ
その頃私は19歳で、もちろん幼い君を女として見てたわけじゃないけどね
でも愛に飢えていつも泣いてた君を、抱き締めて愛を与えてあげたいって思っていた」


確かにあの頃の私は泣いてた、愛されたいと思っていた

少しだけ思い出され、頭に過ぎる過去
一人でいた私を抱き締めてくれた人
あれがカイ王子…?


あの頃の私は、家を抜け出すことが楽しみだった
外に出れば束の間の幸せがあるからと
カイ王子が抱き締めてくれていたから、それが幸せな思い出になってたのかな…


「でも愛らしかったあの子が今はこんなにも素敵な女性に育って
なのにまた愛されない辛さを味わうのは見たくないんだ
君の母上と同じ、上辺の愛情をソウから与えられて泣く姿を見たくない」


カイの熱い独白に、揺れる


昔、会っていたからカイ王子の姿を覚えてたの?
噂で聞こえてくる風貌が、幼い自分の記憶と重なっていたから…
でも、カイ王子は彼の兄なのに…


これ以上聞いちゃいけない
心が待ったをかけるのに、それ以上にドキドキと胸が鳴った




「今の君を守ってあげたい
私はユナを愛してるみたいだ…」





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