幸せそうな顔をみせて【完】
「ううん。大丈夫」


 尚之の手にはアイスコーヒーが握られていた。それがテーブルに置かれると尚之の視線が私に降り注ぐ。そして、大きな溜め息を零したのだった。顔色が悪いのは隠したはずだから、気付かれないと思ったけど、それは甘かった。尚之と私は別れたとはいえ、長い時間を一緒に過ごしている。


「葵。何があった?」


 何があったと言われて簡単に言えるものではない。何か言ってしまったら今の私の思いが消えてしまうようで怖かった。尚之はハッキリとした性格だし、物事をスパッと切り替える。そんな尚之に副島新のことをいうと、きっとわかり切った言葉を言われるだろう。


「何もないわ。あ、これ。この間は本当にありがとう」


 私は自分のバッグから封筒に入れたお金を取り出すとその封筒を尚之の前に出す。尚之はその封筒を見てもう一度溜め息を零すと、私の方を見た。


「どうせ、この封筒を貰わないと葵が困るんだろ」


「よく分かってるわね」


「まあ、じゃ、貰っとく。葵の時間はまだいい?よかったら仕事のことを話しながらご飯でもどう?奢るけど」


 仕事のことは気にならないと言えば嘘になる。でも、食事は出来る自信がない。徐々に落ちていく食欲に私はどうしようもないと思っていた。今日も野菜ジュースを飲むので必死だった。


「今日はやめとく」


「こんなことを俺が言うのも可笑しいけど、食事が出来ないくらいになる恋愛ってどうなの?」

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