幸せそうな顔をみせて【完】
14 恋心
 小林主任は私を会社の前に降ろすと爽やかな微笑みを残して行ってしまった。昼を過ぎたくらいの時間に戻ってきたので、営業室は疎らだった。私は自分の席に座ると、『一か月の試用期間契約書』を見つめていた。


 小林主任の切れ味は凄かった。見えない火花が散るような駆け引きなのに、どこか清々しいと感じてしまう。その証拠にこの契約書を書いた時の尚之の表情は柔らかかったし、内容に納得しているようだった。


 今までに何度も同行したことはあるけど、ここまでの切れ味を見せつけたのは初めてで、どうにかして契約に結び付けるという見えない気迫も感じた。その真っ直ぐな姿勢が数字に結びつくのだろう。


 本社営業一課。なんか別世界って感じ。


 そんなことを考えながら契約書をファイルに入れると、部長に提出の準備をする。そして、納品の準備に資料室に行って足りない資料を用意しないといけない。やらないといけないことは山積みだった。でも、頑張ってみようと思う


 今度の月曜日は一人で瀬能商事に行く。その時までにもっと知識を積みたくて、詳しい資料を見ようと思う。


「葵。契約決まったのか?」


 ふと気づくと私の席の近くに副島新が居て、私との距離を縮めて来ようとしている。


「うん。小林主任が凄くて、私ひとりじゃ無理だった。あ、あの、資料室に用事があるから」


 私は今の状態で副島新と対峙する勇気が持てなかった。立ち上がると副島新の方を見ずに資料室に向かって走り出していた。今はまだ自信が足りない。
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