幸せそうな顔をみせて【完】
 スーパーで買い物を終わらせると二人で並んでマンションのある方に向かって歩く。スーパーで買ったのは副島新の左手に持たれていて、右手は私の手を握ったまま。今までの私なら暑いからと言って放したかもしれないけど今日は少し汗を掻いてでも繋いでいたかった。副島新が『暑いから』と言って放そうとしたら放すつもりだったけど、副島新が何も言わないからそのまま並んで歩く。


 しっとりと濡れる手だけど、放さなかった。


 駅の横を通り、マンションが集まっている方に向かって歩き出した私は一度自分のマンションに帰ってからと思って、もう一度言ってみることにした。ここからなら私のマンションの方が副島新のマンションに比べて近い。一本先の通りを曲がればすぐに私のマンションが見える。簡単な着替えさえ準備出来れば、副島新の部屋でゆっくり出来ると思った。


「ね、着替えを取って来ていい?この先曲がったら直ぐ私のマンションだし」


「却下」


 即答だった。下着とかちょっとしたものを取って来るだけだからそんなに時間を掛けるつもりはない。でも、それさえも副島新は許してくれない。


「何で?」


「葵の性格からして、自分の部屋に戻ったら俺のマンションに来そうもないから」


 副島新の言葉に息を飲む。いつも自分の部屋に戻るとスーツを脱ぎ捨て、ベッドにダイブする。着替えもそこそこに寛ぐことが多いから、副島新の意見も間違いじゃない。


 でも、今日はいつもとは違う。
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