嘘と正義と、純愛と。
「……もう、やめようよ。私が離れたら、広海くんもきっと元に戻れるよ。……大丈夫だよ」
「茉、莉……」

弱々しい声だったけど、言葉の内容は強い意志を持って広海くんに伝えたつもり。

今まで縋られていたと思っていたけど、それは違っていて、本当は私が広海くんに縋っていたのかもしれない。
でも、そんな関係は終わらせないとなにも変われない。幸せになれない。

それに気づけて、勇気も出せて、ちゃんと逃げずに前を向けた。

ガンガンする頭を押さえていると、斎藤さんが私のカバンを拾い上げ、再び隣にやってくる。そして、驚くことに私を抱え上げると、スタスタと玄関へと踵を返した。

靴を履く直前に、斎藤さんは振り返らずに広海くんに言う。

「この子の気持ちをこれ以上踏みにじったら、俺も本気で傷害罪でもなんでも突きつけてお前を再起不能にしてやる。忘れるな」

その低い声は、初めて聞く声で身体が強張った。
でも、力を込められた斎藤さんの腕は、怒りとは違う感情を感じ取れた気がした。

そのままアパートを出た斎藤さんは、私を抱いたまま無言で階段を降りる。

や、やっぱり怒ってるのかもしれない。
私が簡単に騙されて、仕事中にもかかわらず斎藤さんの邪魔をしたから。面倒なことに巻き込まれたって思っても当然……。

「あ、あの」
「黙って。今、口開いたら俺、理性飛んでどうにかなりそう」

冷たく言い放たれた私は、それ以上声を出すことはできなかった。
近くに停めてあった高級車がピピッと音を上げて光る。その助手席に下されると、いろんなことを聞きたかったけどやっぱり口を噤んだ。

運転席に座った斎藤さんを横目で見るけれど、表情がさっきからずっと変わらなくて心情が読み取れない。

さっき、怒ってはないって直感で思ったのは私の勘違いだったのかな……。

そんな不安な気持ちのまま、車は発進する。

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