嘘と正義と、純愛と。
「あの男に気があるのか? なら、やめろ」
「は? なに、急に……」
「なんとなくだ。それに、三木が依頼したって言うしな」

三木? ああ、お父さんの同期で業務本部長の……。そういえば、斎藤さんが初めて自己紹介をしてくれた時に、名刺を差し出してそんなこと言ってたかも。
社内の噂で身内の内容って聞きたくはないけど、聞いたことある。お父さんと三木本部長があんまり仲良くないって。

っていうか、それだけを理由に彼を疑うとかひどくない?

「別に、そういうんじゃないよ。でも、お父さんのそれ、偏見っていうんじゃない?」

グラスを片付けながら、やや素っ気ない態度をとってしまう。でも、その後取り繕うこともせずにキッチンから出た。
すると、背中に向かってお父さんが驚いて声を漏らす。

「茉莉、なんか雰囲気変わったな。そんなふうに言うようになったなんて」
「えっ?」

そんなの、自分じゃ全然わからないけど……。
確かに元々話はしなかったかもしれないけど、そんなに驚かれるようなことも言ってない気がするし。

「お父さんの気のせいじゃないかな? おやすみ」

私は首を傾げてお父さんに答え、部屋に戻った。
ベッドに座って携帯を手に取る。電話帳で斎藤さんを探し、手を止めた。

この名前。【斎藤陸】って変えようかな。もう男の人の名前が登録されてたって困らないし……。なにより、自分がそうしたい。

くだらないことかもしれないけど、好きな人の名前が登録されてるだけでニヤついてしまうし、ドキドキする。

そう思った時に、ふと、斎藤さんがさりげなく言っていたことが頭に蘇る。
『そのままでいい』って言ったのは、裏を返せば『そのままにして』ってことかもしれない。

本当は、斎藤さんも何かの時にバレると困ったり?
あの、みのりさんって人とか……。

なぜ急にあの女の人が出てきたのかは自分でもわからない。
こんな直感、当たるかどうかもわかんないけど、どうしても、ただの同僚に思えなくて。

特別な人……とかだったら?
でも、そんな人に私の件で危ない目に遭わせるかな? でも、私と違ってしっかりしてそうな人だったし、それだけ信頼してるのかも。

余計なことを考えているうちに、時間が刻々と過ぎていく。
結局、寝たのは朝方で、電話帳の登録名もそのままにしかできなかった。

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