黄昏と嘘

「キミは・・・」

アキラが手を止めてチサトに声をかける。
譜面を見つめたまま、鍵盤に指を置いたままで。
チサトは自分のことを怖くは思っていないのだろうか、そう聞いてみたかった。

今までも冷たく当たったり、さっきだって自分の感情のまま大人気なく答えたくないことを聞かれたからと大きな声で怒ることもしたというのに。

それにさっきもなぜか彼女をこの部屋に入れてしまった。

彼は明らかにチサトに興味を持ち始めていた。
その「興味」が何の感情なのかわからないが。

「キミはなぜ・・・」

再び声に出してみるけれどでも途中で言葉を止めてしまう。

怖いと答えられたら?

一瞬、そう思ったら、なぜか躊躇してしまったのだ。

アキラのその言葉の続きをチサトはじっと待っていたけれど彼はもうそれきり何も言わなかった。
そして少ししてまたピアノを弾き始める。

何が言いたかったのかとても気になったけれどチサトもまた彼に聞くことができず、鍵盤の上でやさしく動く彼の指を見つめるだけだった。




――――ただ、静かに流れる時間の中、ふたり。

ピアノの音だけが響く。

月の綺麗な夜。





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