黄昏と嘘

「あのっ、あの石田さん、私……」

「どうしたの?」

チサトはハッとした。

何を言おうとしたのだろう。
モモカの優しい言葉に思わず自分の好きな人は……、
と言おうとしたのだろうか。
もし本当のことを知ったらびっくりするに決まっている、
というよりもきっとカノコと同じようにチサトのことを心配して止めるように言うだろう。

でも先生はみんなが言うほど嫌な人じゃないと思う。

「でも石田さん……、先……、あっと違う。
えーっと、あの、そうですよね。
ありがとうございます、頑張ります」

チサトの文章にならない言葉にモモカは不思議そうな顔をしてそして笑い、チサトも一緒に笑う。

笑いながらも少し気分がやきれなくなり、ふと視線を逸らす。
部屋の隅にダンボールがある、チサトの荷物だ。
彼女の荷物はダンボール3つ分。

ひとつは勉強関連。
ひとつは日常用品。
ひとつは服。

家具や家電はここの備え付け、布団やシーツは大荷物になるから処分する。
カーテンやキッチン小物なんかはモモカが全部揃えてくれた。結局チサトのモノはこんな程度。
夜逃げもしやすいよな……そんなことを考える。
考えたところで逃げるところもない。
あったらそこを引越し先にしている。

夜だというのに雨が上がるとムシムシして気づけばじっとしていると汗がにじんでくるような感覚。
きっと不快指数かなり上がっているだろう。

そして季節は雨が降ると気が付かないが止み間の蒸し暑さから少しづつ、確実に夏へ向かっていることを実感する。

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