ありふれた恋でいいから
ふと、掴まれていた力が緩められた瞬間。

反射的に腕を引いた私はそのまま踵を返して処置室を後にする。

思考の全てをシャットアウトして受付に戻れば、休憩を終えていた先輩が引き継いでくれて。
辿り着いたロッカールームでカバンから財布を取り出すと、震える手で引き抜いて握り締めたのは。


―――擦り切れた朱色の縁結び。


…畑野くん。

私もね、ずっと持ってたの。
忘れようと思ったのに。
何度も何度もそう思ったのに。

幾つ財布を変えたって、どうしても捨てられなかった。

畑野くんとの想い出を、どうしたって手放せなかったんだよ。
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