“毒”から始まる恋もある


 それから数日後の水曜日。
オフィスは相変わらず、電話とキーボードの音が主流だ。部長が舞波くんと話す声が心地よい子守唄のようにも聞こえる。
書類を届けに社内を回っていた菫が、戻ってくるなり私に耳打ちした。


「刈谷先輩、少しお時間あります?」

「なによ。なんかあった?」

「あの、……司さんがちょっと話があるって」

「里中くんが?」


なぜ。
しかも菫を通してってことは仕事の話じゃないのよね?


「都合のいい時に営業部に来て欲しいって言ってました」

「あらそう」


定時帰りに向けて、仕事はちょうど片付けたところだ。
じゃあちょっと行ってみるか。


「菫も行く?」

「いえ。私はこれから打ち合わせあるんです」

「あらそう」


気を利かせたつもりだったのに。

ポーチだけを持ってエレベータに乗る。
その間に定時を過ぎたらしく、降りたところでは営業事務の彩音がいた。


「刈谷ちゃん、おつかれぇ」

「おつかれ、彩音。もう帰るの?」

「極力残業はしない主義だもーん」


明るい声で去っていく彩音。

正しいと思う。会社だって無駄な残業代を払いたくは無いだろう。就業中に終わるものなら終わらせたほうが双方のためなはずだ。

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