“毒”から始まる恋もある
襖が閉じられた小上がりは個室空間になっていて、扉一枚隔てたところの声が聞こえる程度の距離しか無いのに、別世界のように思えてくる。
「最近、色々あったから疲れたでしょう。胃を休めるのを目的にメニューを組んでみました。体を温めるのは肩こりにもいいはずです」
「へぇ」
「失礼します」
話している間に、つぐみちゃんがやってきて鍋を置き、コンロに火を付けた。
「下茹でしてありますので、軽く煮だったらお召し上がりください」
直ぐにもう一人の店員がビールのグラスとサラダを持ってくる。
グラスを向かって右側に、サラダを鍋の左脇に置く。
数家くんはその一連の動きを見ながら、満足そうに頷いていた。
二人が消えた後の小上がりで、私はつい尋ねてみた。
「チェックしてんの?」
「あ。すいません。つい癖で」
「ここの店員は動きいいわよね。あんまり待たせられるイメージ無いわ」
「刈谷さんからもそう見えてますか? 良かった」
安心したように笑われて、釣られるように私も笑顔になる。
やっぱり、自分のところの従業員が褒められたら嬉しいものよね。
逆もまた然りで。サダくんが怒ったのも、そう考えると分からないでもないかな。
「今日の鍋はですね、鶏肉がメインで、里芋とごぼうとネギを多めにした……」
数家くんが鍋の説明を始めようとしたところで、小上がりの襖が開いた。
「失礼します」
聞き覚えのある低い声。
姿を現したのは、作業衣に身を包んだ青年。……いや、顔をあげたら中年だった。
店長さんだ。
「店長!」
「やあ、いらっしゃいませ。刈谷さんでしたね。光流がいつもお世話になっております」
「は、はあ」
いや、世話はしてないけど。
「店長、何しに出てきたんですか」
途端に数家くんがあたふたし始めた。どうやら彼にとっても予想外だったらしい。
慌ててるの、珍しいかも。普段見れない姿が見れて得したかしら。