“毒”から始まる恋もある

店員に支払いをしてないみたいに誤解されるのも嫌だから、さっさと立ち去ろう。
そう思って早足でフロアを歩くと、後ろから私を呼ぶ声がする。


「……やさん。か……やさん」


追いかけてくる声は、店内の雑踏のせいか聞き取りづらいけど男の人のものだ。

誰だ。谷崎か?
しつこいな。

どうせ一人なら夜付き合ってやるとかそういうのでしょう。
冗談じゃないわ。もうお前に体など許すもんか。

聞こえないふりをしてカツカツとヒールを鳴らして歩く。


「か……やさん!」


でもあまりにもしつこいので、ついつい返事をしてしまった。


「うるさいわね! 何なのよ」

「え?」

「あら?」


一瞬辺りが静まる。

後ろには、私には背中を向けている接客中の男性店員が一人、それともう一人、慌てた様子の若そうな小柄な店員がいた。

谷崎はいない。

つまり、呼ばれていたのは私じゃない……のか?


「え? あ、すいません。うるさかったですか?」

「私を呼ばなかった?」

「数家(かずや)さんを呼んだんですけど」

「え?」

接客を終えてこっちを向いた店員のネームプレートには確かに“数家”と書かれている。
これ、“かずや”って読むんだ。

なんにせよ、こっ恥ずかしいことをやらかしたのは分かる。
カーっと顔が熱くなった。


「やだ。ごめんなさい。私が呼ばれたのかと思ったの。名字、刈谷なので」

「一文字違いですね」


そつなく笑ってみせるのは数家という名の店員の方だ。

爽やかー。
めちゃくちゃ格好良いわけじゃないけど、そこそこ整ってるし爽やかさで二割増し良く見えるわー。

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