純情女子と不良DK


「ただいま~…」

「あら、お帰りご飯用意してるわよ」

「あ、ごめん食べてきちゃったんだよね」

「ええ~?何よそれならそうとはやく言いなさいよねぇ。葉月の分まで残しておいたのに」



 家に帰宅して、出迎えてくれた葉月の母に申し訳ない気持ちになりながら謝った。
母はブツブツ文句を言いながら、ラップにかけておいた葉月の分の夕飯を冷蔵庫に入れる。
「おお、帰ったか」と言ってテレビを見ている父にも、「ただいま」と返しながらソファに腰かけた。
ソファに腰かけた途端、葉月の膝の上の飛び乗って尻尾を大きく左右に振る愛犬のポン太。



「ポン太もただいまぁ~!いい子にしてた~?うーん、よしよしっ」

「朝、葉月が会社行った後に散歩連れてったんだけど、早朝はあんまり人いないのね。あそこのドッグランド」

「ああ、行ったんだ?早朝はいないかもね。午後とかはいっぱいいるよ」

「そうなのよねぇ。でも家の仕事もあるし」



できれば午後に散歩させて色んな犬たちを遊ばせてやりたいんだけど、と言う母に葉月は苦笑いをしながらポン太の頭を撫でた。
就職する前はよく自分が散歩に連れて行ってたっけ、と学生の頃を思い出した。

家のすぐ傍に川があって、公園があって、ウォーキングやランニングをしている人もいる。
そこに大きな芝生の広場、ドッグランドがあり、ポン太の散歩をするときは必ず寄る場所だった。

葉月はポン太の頭を撫でながら、ボソリと小さな声で言った。



「じゃあ、明日からは毎日私が散歩連れていけるね」



その言葉に母と父は顔を見合わせ、葉月を見た。



「何言ってんだ?明日からって、お前仕事があるだろう」

「あ、帰ってきたら散歩させるってこと?でもアンタいつも帰り遅いし無理でしょう」

「…私会社辞めたの」

「………は?」

「…なんて?」

「クビになっちゃいましたっ」



葉月はポン太を撫でていた手を止め、ようやく顔を上げた。
語尾に、「えへっ」とでも突きそうな言い方に二人はしばらくポカーンとした後、母が力が抜けたかのように膝から床に崩れ落ちた。
父がソファから慌てて立ち上がり母に駆け寄る。


「観月、大丈夫か?」

「え、ええ。ちょっと…いやかなり驚いちゃって」

「…葉月、辞めたって何があったんだ?嫌がらせでもされてたのか」

「嫌がらせ?葉月本当なの?それで辛くなって辞めたの?」


怒るどころか、自分を心配するような目で見てくる二人に葉月は一層罪悪感でいっぱいになった。
会社の上司を殴ってクビになりました、なんて言えるだろうか…。葉月は迷った。


「え…っと、なんというか。嫌がらせでは無かったんだけど、上司が…ちょっと」


ああ、こんな言い方したって伝わるわけないのに。
どうしたものか。もう正直に話すべきか。



「上司に何か問題があったのか?」

「パワハラ?…もしかしてセクハラ?」

「いやいや全然そんなのは無くて!うーんとね、…その、上司が結構キツくて」



もごもごと口籠ってしまった。
しかしそれでも二人は怒ることはない。



「そうだったの。でも良かった。てっきり会社でイジメられたりとか、そういうのだと思ったわ」

「そこの会社に就いてからお前は帰りも随分遅くなったし、少しやつれてきてたもんな。辞めて良かったんじゃないか?」

「お母さん…お父さん」



優しすぎる二人に、思わず涙が滲んだ。
それを誤魔化すように葉月はギュウ、とポン太を抱きしめその小さな身体に顔を埋めた。






< 3 / 57 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop