SAKURA ~sincerity~
「すぐに病院に行きなさい! 桜ちゃんのお父さんから連絡があったわ」

 一番恐れていた、一番聞きたくなかった知らせ。しかし、いつかは訪れると判っていた言葉だった。形は違ってもいつか必ず、向き合わなければならない“その時”がきたのだと、その言葉で拓人は瞬時に理解した。無言で叩き付けるように受話器を置くと、机や椅子に足をぶつけながら鞄を引っ掴み、スタッフルームを飛び出した。




「拓!」

 バーテンダーの格好のまま拓人が病院に飛び込むと、同じく知らせを受けたらしい準平と七海も到着したところだった。

「準平!」

 それだけ言って廊下を駆け、階段を駆け上がり始める。準平と七海もそれに続いた。エレベーターなど、待っていられなかった。リズミカルに階段を駆け上がる三つの足音。それぞれの想いを含んだその足音は、静かな病院内に慌ただしく響き渡った。

「拓人くん……!」

 桜の病室の階まで階段を駆け上がり、三人が病室に飛び込むと、医師と看護師たちが桜の周りを取り囲み、慌ただしく処置に追われ、史朗と弥生が今にも泣きそうな顔でその様子を見守っていた。

「すみません、遅くなって……」

 肩で息をしながら拓人が言うと、史朗は首を振り、医師や看護師たちの中心で横たわっている桜に目をやった。

「夕方、きみが帰った直後に容体が急変して……」

 史朗が簡潔に事情を説明する。三人は史朗の隣に立ち、医師たちの様子を見守った。

 ベッドに横たわる桜は、目を閉じ、酸素マスクを着け、真っ白い顔で眠っているように見える。看護師が医師の指示にテキパキ動く足音やモニターから聞こえてくる心電図音が、狭い病室に忙しなく響いていた。

「桜……!」弥生が口元に手を当て、嗚咽を漏らす。たまらず拓人がベッドに近付くと、それまで閉じていた桜の瞳がふっと開き、拓人の方へ瞳が動いた。

「拓……ちゃん」

 酸素マスクを被せられた唇から、こもった声が漏れた。その様子に医師と看護師たちは顔を見合わせ、それから拓人を見た。

 "側に"――。

 医師の目がそう言っている。その意味する事が何であるかを、拓人を含めた誰もが察した。拓人はゴクリと息を呑むと、何かを決意したようにそっと足を前に出し、更にベッドに近付いた。

「拓……」

 点滴の入っている腕を、桜が懸命に伸ばそうとする。拓人は思わずその手を取り、唇を噛んだ。桜の瞳が弱々しく拓人を見つめる。と、史朗が拓人の肩に手を置いた。拓人がゆっくり史朗を見ると、史朗はゆっくりうなずき、拓人を見つめ返してきた。

「桜が……見たい」規則正しい心拍音の中、桜が小さく呟く。
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