SAKURA ~sincerity~
「チェリー・ブロッサム?」

「うん。マスターの話じゃ、あれを作る時の俺の目がたまらないらしい。同じレシピで作るのに、俺のは何だか深くて美味いって、評判だったらしいんだ。全然知らなかったんだけど……」

「判る」

 咲良はクスリと小さく笑い、乱れた前髪を指で整えた。

「あれは……特別だもの。誰にも真似できないわ」

『格好いいんだろうなぁ、拓ちゃんのバーテンダー姿』

 どこかから、桜の声が聞こえてくる。

『見たいなぁ……拓ちゃんの働いてるとこ』

 ザワザワと夜風が桜を揺らす。隣で咲良が言った。

「"彼女"としては何だか妬けちゃうけど、一年に一度、あたしたちの為にだけ特別に作ってくれるなら……転職許可する」

「ありがとう」

 拓人はそう言うと照れくさそうに微笑み、それから、ジャケットに突っ込んだままの右手に意識を集中させた。

「ね、大事な話ってそれだったの?」

 桜を見上げながら、咲良が訊いた。

「うん、でも――」

 拓人はそう言いなから、ポケットの中で右手をゴソゴソ動かした。

「もう一つ……あるんだ」

 拓人の言葉に咲良がキョトンとする。

「椎名咲良さん」

 拓人はポケットの中の右手をしっかり握り、真っ直ぐ咲良を見た。

 言葉にしなくても伝わるものはきっとある。

 咲良が黙って拓人を見つめ返す。

 でも、"言葉"にしなきゃ伝わらない事もある。

 桜の花びらが小さく揺れる。

 大事な言葉は、きちんと言葉で伝えたい。心からの言葉で……。きみがそう、教えてくれた。

「俺と――」

 そう言いながら、拓人がポケットから右手を出し、咲良の前で握っていた掌をゆっくり開いた。

 きみは、本当に……"桜"のような……女性(ひと)でした。

 満開の桜。

 開かれた拓人の掌を見た咲良の瞳が大きく見開かれる。そして、二人の頭上で咲き誇る桜がまるで、そんな二人を祝福するように小さく花を揺らし、ライスシャワーのように花びらを散らした。
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