Fly*Flying*MoonLight

PM1:40 秘書室~社長室

「……美月さん!?」
「いらっしゃい、内村さん」
 ノートPCで作業している美月さん……だけど
「左手、どうされたんですか?」
 左手首からひじにかけて、白いギブスをはめていた。い、痛そう……。
「ちょっと、ね……」
 美月さんが苦笑した。
「まあ、指先は動くから、仕事は大丈夫なんだけど……」
 ほう、と優雅にため息をつく美月さん。
 あ、嫌な予感。キケンな雰囲気が美月さんからっ……!

「実はね……」

***

「えええええっ!? 美月さんの代わりにパーティーに!?」
 しっ、と美月さんが人差し指と立てる。
「まだ社長、お仕事中だから」
 私は口をつぐんだ。
「今夜の事でしょう? 代わりの人がなかなかいなくて……」
「……」
「あなたなら、社長のこともよく知ってるし、安心してまかせられるんだけど」
「で、でも、私そんな場に出席した事、一度もないんですよ!?」
「大丈夫よ、にこにこ笑って、適当に相槌打つだけだから」
 だ、大丈夫なんて、思えませんっ!
「あ、あの」
「なあに?」
「しゃ、社長のガールフレンドに頼めばいいんじゃないですか?」
「え?」
「すごい美人と連れ立って、どこかに行くの、見た事ありますよ!? そういう方だったら、パーティーとか慣れてるでしょうし……」
「……」
 美月さんがじーっと私を見た。
「内村さん。あなた、それでいいの?」
「え?」
 それで、いい……って……?
「社長が、他の女性を連れていても?」
「……」
 和也さんが、他の女性と……。

 ……あれ?
 胸の奥がちくり、とした。今まで何度も見た光景なのに。

「で、でも、私がいいとか悪いとか、言える立場じゃ……」
 はあ、と美月さんがあきれたように、ため息をついた。
「あなた、自分の立場をよくわかっていないようね……」
「……」
「……そういう女性は過去にいたけれど、今はいないわよ? それに彼女たちを連れて行っては都合が悪いのよ」
「都合が悪い……って……?」
「今回のパーティーは、社長のご親戚が主催者なの。そこに社員以外の女性連れていったら、どう思われるかしら?」
「えっと……」
「結婚を考えてる相手……って、誤解されるでしょう? わざわざ親戚に紹介するのだから」
「……」
「社員なら、『そういう相手がいないから、社員を連れて来た』って言えるのよ」
「……そ、ういうもの、でしょうか……」
 な、なんだかよく分からないけど……。
「それに、虫よけって意味もあるしね」
「虫?」
「社長を狙ってくる、女性たちの事よ」
 狙われてるんだ……。
「あんなパーティーに、社長一人で行かせたら、もう大変よ? 次から次へと蝶々が舞い寄って来るわ」
「……」
 確かに……新進気鋭のやり手社長で、背が高くて、顔も端正で、お金持ちで……ってなると、モテるんだろうなあ……。
 ……性格ドSだけど。

「あなたなら、その点安心でしょう? 社長に言い寄ったりしないでしょうし」
「し、しません、絶対に!!」
 和也さんを誘惑なんて、考えるだけでコワイ。私は首をぶんぶんと横に振った。
そんな私を見た美月さんは――微妙な笑顔になった。
「とにかく、あなたしかいないの、頼める人は」
 うっ……。
「この私が、総力挙げてあなたをサポートするから! 大丈夫よ!」
 み、美月さんの目つきが怖い……。この迫力、さすが第一秘書。
 へびに睨まれたカエル状態になった私を尻目に、美月さんは電話をかけ始めた。
 ……テキパキと電話越しに指示した後、美月さんが私を見て、にっこりと笑った。
 げ。今の肉食獣の笑顔、どこかで見た……っ。
(ひ、秘書と社長って、似るのかしら!?)
「さ、パーティーは十八時からだから、今から準備するわよ?」
「準備……って……」
「あなた、そのままの格好でパーティーに行けないでしょう?」

 こんこん。

「あ、来たみたいね」
 美月さんが立ち上がり、秘書室のドアを開ける。
「いつもありがとうございます、美月様」
 黒のスーツを着た細身の男性が、中に入ってきた。うわ~美形だなあ……思わず見とれてしまった。
「……こちらのお嬢さんでしょうか?」
 私の上から下まで、ざっと見た後、にっこりと笑った。
「……私、サロン・ド・ルージュの岡村、と申します。どうぞお見知りおきを」
「は……あ……」
「……これは、挑戦し甲斐のある、いい素材ですね」
 彼の右耳金色ピアスがきらり、と光った。
「岡村さん、よろしくお願いしますね。十七時にはこちらに戻るようにして下さい」
「はい、承知いたしました」

 がし。
「えっ!?」
 私の肩に、岡村さんの手がまわった。
「では、お店の方に参りましょうか。あなたの変身のお手伝いができて、光栄です」
「えええ!?」
 そのまま、結構強引に、秘書室のドアの方へ。あのあのあの!?
「じゃあ、頑張ってね~」
「み、美月さんっ!?」
 秘書室から連れ出された私が最後に見たのは、美月さんのにっこりほほ笑む姿、だった……。

***

「……手はず通り、内村さんは岡村さんにお任せしましたわ」
「……」
 俺は社長室に来た美月の報告に、机の上に両肘をつき、ため息をついた。
「楓に、他の女性を連れて行け、と言われるのは、結構こたえるな……」
「それは仕方ないでしょう。日頃の素行不良が問題ですから」
 美月がすました顔で言う。
「……」
 一週間一緒に暮らして、まだその程度、か。

「内村さんはいいとして……」
 ……伶子の口調が急に変わった。

「……あなたの方は、彼女を連れて行って本当に大丈夫なの、和也?」

 ……俺?

「大丈夫……って、何のことだ?」
 はあ、と伶子がため息をついた。
「わかってないのね……」
 内村さんに声をかけたのは、良かったんだか、悪かったんだか、と伶子が呟く。
「……今日、主催者じゃなくても、あの方来られるんでしょう?」
「……多分、な」
「もめ事にならないの? あなたの連れだって判ったら」
「……お前の代わり、として紹介するから、大丈夫だ」
 再び、伶子がため息をつく。
「本当にわかっていないわね……。あなたの私に対する態度と内村さんに対する態度、全然違うでしょうが」
「……」
「目が離せないって感じで見てたら、すぐバレるわよ? あの方、鋭いんだから」
「……そんなに態度に出てるのか」
「内村さんは鈍いようだから、気がついてないけれど……ね」
「楓は鋭いところもあるんだが……」
 ものの見方が『魔女として』だから、ちょっとズレている、というか……。
「……俺が気を付ければいいだけの話だ。顔だけ出したら、すぐに退散する」
 伶子が微妙な顔をした。
「そう、うまくいくかしら……ねえ……」

 伶子の言葉を断ち切るように、俺は言った。
「……仕事の続きだ。例の書類、持ってきてくれ」
 伶子ははいはい、と言って、秘書室に戻った。
 ……とにかく、残りの仕事を仕上げるのが先だ。
 俺はパーティーの事を頭の隅に追いやり、目の前の書類に集中した。
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