シルビア
望と過ごしたあの夜から、数日。
朝を迎えたあの部屋に望はいなくて、その日からオフィスに望の姿が現れることはなかった。
聞けばちょうどその日から九州支社へ出張が決まっていたらしく、そこから今月中には向こうへ転勤になるのではないかとの噂。
展示会には一応くるのだろうけど、きっとこのまま、顔も合わせずまた終わらせるつもりなのだろう。
何度追いかけても、伝えても、こうして彼は黙って去っていく。
伝えるほどの価値もない、のかな。諦めたように、心はしぼんでいく。
「凛花さん、今いいですか?」
すると、声をかけてきたのは今日は淡いピンク色のセーターを着た、可愛らしい雰囲気の黒木ちゃん。
「黒木ちゃん……じゃなくて、村山ちゃん、だっけ」
「もう、黒木のままでもいいですよ。私自身もまだ違和感あるんですから」
えへへ、と笑う黒木ちゃんの左手薬指には、きらりと光るダイヤのついた指輪。
そう、黒木ちゃんは今朝あの彼氏さんと入籍を済ませてきたらしく、名前も村山となった。
まだ社員証も皆の呼び名も『黒木』のままだけれど、その幸せいっぱいの笑顔が愛しい人との誓いを証明している。