ユウウコララマハイル
その日だけは定時に上がった。
先輩たちが「お前ならできるだろ」と挑発的に置いていった仕事を放って、ひとりで飲みに行った。
そこで店員に心配されながら浴びるように酒を飲み、気づいたら中村の部屋にいた。
しかも中村は下着姿で自分を見下ろしており、そんな自分も半裸状態でソファーに寝ていた。


『勘違いしないでね、アンタが吐いて服が汚れたんだよ。そのまま寝かせるのも嫌だったから脱がせたの。私がシャワーを浴びたのは、アンタのとばっちりのせいなんだからね』


中村いわく『公園で寝てんじゃねーよ』ということで、自分は公園で中村に拾われたことを悟ったのだ。
その後正気に戻ったカケルは、どうしてこのような事態になったのか、自分が産まれてきたところから人生を振り返るように話さなければならなくなった。
話したくないことが山ほどあったけれど、お酒がまだ残っていたのか、中村の絶対君主的な態度の前に口は滑らかで。
中村はカケルの愚痴を肴にして、缶ビールを何本も開けた。


『私飲みすぎちゃったみたいだから、古沢くんの話覚えてない』


中村は翌日そう言っていたはずだ。
しかし実際は全てを覚えていて、自分の都合がわるくなるとその話を持ち出す。
だから中村はカケルの家族構成、曾祖父のことまで知っているし、家庭の事情まで把握している。


だけど、俺は―――


「中村のこと、なにひとつ知らないんだよなぁ」
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