気まぐれ猫系御曹司に振り回されて
「はぁ、やっぱりいいわぁ……」

 凜香は長方形の箱にフタをすると、表面に書かれたショコラ・レーヴという深紅の文字を名残惜しそうに眺めた。ベルギーの老舗チョコレートブランド、ショコラ・レーヴのトリュフは、凜香のストレス発散のための必須アイテムだ。舌の上でとろりと溶けて、ほどよい甘さが口の中に広がるそれは、凜香の頭の芯まで蕩けさせ、仕事でささくれ立ったハートを癒してくれる。

(はぁ、これで午後からもがんばれそう)

 凜香はトリュフの空箱をショルダーバッグに入れて立ち上がった。伸びをしたときふと背後のベンチが視界に入り、ギョッとする。

(えっ!)

 少し離れたベンチに、ラジコンカーの雑誌を顔にのせて横たわっている男の姿があったのだ。

(私の声……聞かれてないよね!?)

 凜香は目を凝らして男の様子をうかがったが、男はぴくりとも動かない。

(寝てる……?)

 凜香は木のテラスの上をわざと十センチヒールの音を響かせながら歩いた。その音で気づいたのか、男が雑誌を顔から下ろす。

(葛木くん!)

 眩しそうに瞬きを繰り返しながらベンチから起き上がったのは、株式会社エデュトイ・パブリッシングの現社長の次男にして、企画開発部の四年後輩の葛木透也だった。
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