Darkness~暗黒夢~
残酷なダイヤモンドと真紅のルビー
 銀色に輝く、長くて鋭利な刃物が、ガツガツと氷を砕く。

 手元にだけ灯がともされた暗いキッチンで、彼はただひたすらに氷を砕いている。

 その透明で冷たい、大きく無機質な塊にアイスピックを振り下ろす度、飛び散った氷の欠片が彼の顔をひやりと撫でる。しかし彼はそれを全く気に止めず、痛いほど華奢な左腕を勢いよく氷に振り下ろし続けた。

 俺が……。

 砕かれた氷が灯された光を反射してダイヤモンドへと変化する。そしてその無数のダイヤモンドたちは、流れる時と共に徐々にその姿を変化させ、彼の手元に山を作り、広がり続けた。

「……つっ!」突然、鋭利な切っ先が彼の右手の指をかすめた。痛みから少し遅れて流れ出た生温い液体が、ダイヤモンドをみるみるうちに真紅のルビーへと変えてゆく。彼は痛みに顔をゆがめる事なく、じっとその様を見つめていた。

 次々とルビーを造り出す氷の中から血の滲む右腕を引き上げ、肘へ向かい、ゆっくりと下る紅いラインを見つめ、そっと薄い唇を近付ける。唇と同時に舌先が紅いラインに触れた瞬間、あの、独特の風味が口腔内に広がり、彼は瞳を閉じて、そっとそれを舐め、吸い上げた。

「剣(つるぎ)!!」

 突然、重たい鉄のドアが開き、美しい女性が部屋の中に飛び込んで来た。

「剣!! 何してるの!!」

 長い黒髪を優美に揺らしながら、彼女が紅く染まった彼の右手を掴む。

「血が出てるじゃない!」彼女は大きな瞳に水晶をたたえ、哀しげに彼を見た。

「待って、すぐ手当てするから」

 その場に彼を残し、救急箱を取ろうと彼女が踵を返す。と、彼がその細く長い腕を取り、力強く彼女を自分の胸元へと引き寄せた。

「つる……」

 最後まで名前を呼び切らぬ内に、彼の唇が彼女の唇を塞ぐ。すると唇を通して彼女の口腔内にも、あの独特の風味が拡散した。

 薄暗く、溶けたルビーが紅く床を染めるキッチンで、彼に組み敷かれた彼女の雪の頬が、彼の紅に染まる。頬も、髪も腕も服も、彼の紅と溶け出したルビーが紅く紅く、染め上げてゆく。

 上ずった声が彼女の唇からもれた。互いに紅く染まりながら、炎が冷たく燃え上がる。

 何度も重なる唇と、あの独特な風味に二人は眩暈を覚えた。そしてそのまま、ルビーの湖の中で氷炎と化し、激しく火柱をあげ、やがて静かに、燃え尽きた。




「剣」


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