Darkness～暗黒夢～
満月の幻想
　高く昇った太陽光が、締め切られたブラインドで無残に遮断された薄暗い部屋。彼――安藤(あんどう)剣と彼女――雨宮(あめみや)舞は、真っ黒なベッドでじっと抱き合っていた。

「まだ……寒い？」

「……平気」

　舞の問いに剣が呟く。舞は腕枕をした右腕を剣の首に回し直し、剣を改めて抱き締めた。

「今日……何曜日……？」

「……水曜日」

「そうか……」目を閉じたままそう呟き、剣が舞の細い腰に腕を回す。部屋に点在しているシルバーアクセサリーやジュエリーたちが、ベッドでじっと抱き合っている二人を哀しく見つめていた。

　リビングに無造作に置かれた有名ファッション雑誌の表紙には、舞がクールな表情でポーズを決め、その足首には剣が作成し、舞が身に付けた事で最近人気商品となりつつあるゴールドのアンクレットが輝いている。

　ジュエリーデザイナーとファッションモデル。一見華やかな職業の二人だが、オフ時の二人は静かにひっそりと、都会の片隅で生きている。

「舞、仕事は……？」

「今日は夕方、打ち合わせがあるだけ……」

「そう……」

　闇の中、地球がゆっくり太陽の周りを巡る。ブラインドの隙間から室内に差し込む光が、静かにそのラインを伸ばしてゆく。舞は美しく指を伸ばし、剣の金色の髪をそっと撫でた。

　細い足首を飾るゴールドのアンクレットが微かな光を放っている。舞はじっとそれを眺めながら、ゆっくり唇を動かした。

「剣はいいの？　仕事……」

　恐る恐る尋ねる舞に、剣が静かに首を振る。

「もう少し……」

「……そうね」

　瞳に太陽光が差し込み、舞は眩しそうに長いまつ毛を伏せ、黒いシーツを引き寄せた。

　あんな事さえなければ……。

　部屋の隅に、まるでそこだけ時が止まったかのように丸めて捨てられている一枚の新聞紙。舞はそれを一瞥した後、天井に視線を投げた。

　ぼんやりと、陽の光が少しずつ色を変え、室内がオレンジ色へと変わってゆく。舞は静かに瞳を閉じた。




　二人が出逢ったのは、まだ舞が無名時代の、ある夏の夜だった。
< 4 / 26 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop