逃亡記
取り引き
王子は懐から一粒の丸薬をとりだして口に含んだ。

それはかぎられたものにしか使用が許されぬ薬品であり、

この薬品を用いれば、嗅覚や聴覚が異常に研ぎ澄まされる。

それに、いわゆる第六感と呼ばれるあの感覚も。

この特異な感覚を駆使せねば探り当てられぬところに彼の逃亡奴隷は逃げ込んだとハムレット王子は判断した。

その様子をじっと見つめるラーミアンの目にはなんの表情も浮かんでおらぬ。

たとえ魔道の邪魔が入ったにせよ、己の獲物を無傷で逃がすことなど、これまで彼ラーミアンには一度としてなかった。

先ほどの失態をしつこいほど頭のなかでリフレインさせながら、次の機会で仕留めるにはどうすれば良いのか、怒りに燃える頭の反対側で機械のように冷たい部分が、しきりと分析を繰り返している。

「王子…ハムレット王子!」

あたまのなかで分析を終えたラーミアンは、かん高い声で王子に呼び掛けたが、なかば昏睡状態で立ち尽くす王子はまともにラーミアンの相手を出来る状態でもなかった。

ラーミアンは小さく舌打ちすると、王子の様子を見守った。

(あのゲルダの野郎は妙についてやがる。さっきの狼といいこの王子さまといい、奴の息の根を止めようとすれば、ここぞと言うときに邪魔が入る。

本当に奴を殺すんなら、邪魔が入らない状況でやらなけりゃならん。

そうすれば確実になぶり殺すことが出来るはずだ。あのこれ見よがしな背中の段びらごと奴のからだを真っ二つに引き裂いてやろう)

ラーミアンは興奮し、思わず息が荒くなっていた。王子の眉が閉ざされたまぶたの上で不快げな表情を作る。

ラーミアンは不興を買うのもいとわず王子の目の前でパチンと手を叩いた。たちまち昏睡状態から目を覚ました王子が、二三度首を振り額に手をやる。

「なんだラーミアンお前か。まったくとんだ邪魔をしてくれたな。おれはあと少しでゲルダの居場所を突き止めるところだったのだ。実際おれの感覚はもうほとんど奴特有の波動を捉えていた」

そう語るハムレット王子の顔をじろじろと遠慮なく眺めては無言のうちに不信感を表明するラーミアン。彼にとって感覚など、殺す相手の断末魔の悲鳴を聞き取る聴覚と剣を握りしめるたしかな手応えさえあればよい。

五感を越えた未知の力など、ラーミアンが欲しいと思ったことは一度もなかった。
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