大海原を抱きしめて
6.優しすぎる人


6.優しすぎる人



暑ーい。

梅雨が明けると、事務所にはその言葉しか響かなくなった。

エアコンもない、小さい村の貧乏企業。

早出の桜庭さんは、うちわを片手にどこへともなく視線を固定させている。

私よりも少し早く出勤したらしい加藤さんは、制汗剤を体中に吹き付けている。

おかげで事務所は、夏の体育の授業が終わったあとの更衣室みたいな匂いになっている。

半袖のワイシャツ。膝下のハイソックス。十分薄着。それでも暑い。

涼をもたらしてくれるのは扇風機一台。

窓も開けているけど、風が全くないから無意味も同然。

事務所よりも狭苦しい奥の小部屋も条件は同じ。

まだまだ夏の初めだというのに、谷上さんは仕事へのやる気さえ喪失して、ほとんど事務所にいないでふらふらしてる。

予想外だったのは、谷上さんと同じように職務怠慢を堂々としでかしそうだった笠岡さんだ。

仕事のスピードも意欲も、全く落ちない。

そりゃ、ちょっと前まで東京にいたらしいし。

北国の田舎の暑さなんて、どうってことないのかもしれない。

修学旅行で行った東京の暑さを思い出すと、脳みそが焦げそうになる。
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