大海原を抱きしめて


作業が終わったのは午後8時を回った頃。

くだらない言い争いと世間話に花が咲いて、意外にもあっという間に時間が経っていた。

谷上さんはもうとっくに帰宅していて、笠岡さんが施錠を引き受けて私を見送ってくれた。


「気をつけて帰れよー」

「はい、ありがとうございます」


いろんな感謝をこめて、とりあえず短く簡潔に。伝わったかはわかんないけど。

笠岡さんに話をして良かった。

初めて過去の話を人にしたけど、受け止めてくれて嬉しかった。

背中まで押してもらって。

いつか、恩返ししよう。

外にでると雨はすっかり止んでいて、夜の匂いと雨上がりの匂いが、程よく冷たい風に乗って私の鼻腔をくすぐった。

この匂いがしてしばらくすれば、夏が来る。

私の好きな、夏が。
< 196 / 435 >

この作品をシェア

pagetop