【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
結局はお金。



「えっ」

 かよちゃんが初めて私に電話をかけてきてくれた、そう喜んだのもつかの間、私の笑顔は一瞬にして固まった。

「お姉さん、お金……貸してくれませんか」


 お金。

 私はこの家に嫁に入る前にちゃんと実家の借金を清算し、当座暮らせるだけのお金をおいてきた。
結構まとまったお金を置いてきたはずなのに金を貸せとはこれいかに。


「お、お金ええぇっ?あ、あの、何かあったの!?」

「昨日、ウチに巧さんっていうお客がきて……お姉さんの恋人だって言って……それで、春彦が話を聞いたんですけど……春彦ッたら短気なもんだから……揉みあいになって、」

「……うっ……」


 まさか巧が今になって私の実家を襲撃しようとは思わなかった。

 春彦はかつて私の女心をもてあそんだ男をボコボコにした過去を持つ。短気だが姉思いの心優しい男なのである。
 私の通帳や家財道具をかっぱらって売り飛ばした元彼などという肩書きの男が春彦の前に現れたらそりゃ血の雨が降るのは必定。


「巧さんは今、病院にいるんですけど、ケガの慰謝料と、それからお姉さんに会わせて欲しいってずっと言ってて……」

 話しながら、かよちゃんの声はどんどん泣き声になっていく。
 正直、今さら巧に関わりたくないという気持ちはある。あるのだが、しかし元彼の実家襲撃はほぼ100パーセント私の不始末である。知らん顔は出来ない。

 くそっ……、私が話をつけなきゃおさまらないだろうな。

 私は外出の旨を伝えるために景久さんの携帯に電話をかけた。
 べつに許可をとるつもりはないし景久さんからそのように求められた覚えもない。仮に景久さんが行くなといっても私は行く。だが昨夜逃げたのなんだのと景久さんに因縁をつけられてしまったことを思えば、いたずらに彼を不安にさせるのはよろしくないと考えたのだ。

 ……一応外出すると連絡しておくか。
 だが、景久さんは忙しいのか携帯の電源を切っており、私は彼と連絡をとることが出来なかった。

 さて、どうしたものか。
 考えながら玄関前でうろうろしていると、ちょうど制服を着た彰久と、彼の鞄を持った有沢さんが玄関にやってきた。


「あれ、美穂。出かけるの」

「うん、ちょっと実家の関係で用ができたから。今から実家によって母さんを回収してから病院に行ってくるわ」

「病院?何かあったのか」

「弟が喧嘩でけがだってさ。まったく馬鹿な弟で恥ずかしいわ」

「俺も一緒に行くよ。あんたの弟なら俺の弟も同然だものな」


 来なくていいよ、と普通に返事をしようとして私はぴたりと動きを止めた。有沢さんもさすがに変な顔をしている。

「いやいや、春彦はアンタの弟じゃないでしょ」

「なんで?美穂は俺の許婚じゃん」

 私は困惑して有沢さんと顔を見合わせた。


「今は景久の嫁だけど、そんなの俺には関係ないし。有沢、着替えるわ」

「ちょっと待て本気でついてくる気なの?馬鹿!あんたこの間謹慎が解けたばかりでしょっ!学校行きなさい学校!!」

 彰久の通う学校は比較的裕福な家の子弟が通う校則の厳しい学校である。謹慎だけでもすでに退学にリーチがかかっているというのに、この上また学校をサボるなどありえない。


「平気平気。あの学校の創立者は北条家の分家だから」

「アホか!北条家が嫌いとか言っていたくせに全力で身内を使ってんじゃないよ!
 有沢さん、お忙しいところ申し訳ないんですけど、彰久が学校をサボらないように送ってやってくれませんか。 あと景久さんに私の事を聞かれたら実家か病院って言っておいてください」

「はい、喜んで」

「有沢。『喜んで』って何だよ。俺は美穂の傍についていてやりたいの!」

「傍についていてやりたいって何なのその上から目線!私はアンタが思うほど弱くないわよ。じゃ、有沢さん、よろしくお願いします。もし彰久がワガママ言ったら蹴りの一つも入れてやってください。
 じゃあね、彰久!ちゃんと勉強するのよ!!くれぐれも私や景久さんが学校から呼び出されるような真似はするんじゃないわよ!わかったわね!」

 彰久は不満そうに口を尖らせた。
 しかし前回の謹慎騒ぎのときも彰久の父親はイタリアで遊びほうけて帰らず、景久さんが保護者代理として学校に出頭して校長先生から注意を受けたらしい。だから彰久は私にここまで言われても仕方がないと思う。

 不満そうな彰久はひとまず放っておくことにして、私はそのまま北条屋敷を出て、納車されたばかりの自分の車に乗り込んだ。


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