【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】


 何もない何もないと聞いてはいたが……本当に何もないな。

 先祖の住んでいた土地と聞いて、もっと情緒ある白川郷のような土地を想像してきたのだが、私が訪ねたミサキ村はリアルな意味でのザ、廃村だった。

 わずかに残るわらぶき屋根の家も傾き、背丈を越えるほど伸びたススキの間から井戸がのぞいている。
 その家々を見ながら村の奥にはいっていくと、丁度村の中央あたりに大きな工場の残骸が残っている。が、それもほとんど崩れ落ちて、錆びたパイプが所々に積み上げられているだけ。今となっては何を作っていた工場なのかさえ分からない。

 少し罪悪感はあるものの、せっかくきたのだからと手ごろな家に入ってみる。


「おじゃましまーす……」


 すると、入り口の引き戸が動かない。長い年月のうちに家全体が傾いで引き戸も歪んでいる。力を入れて戸を開けると、引き戸は外れて中に向かって倒れ、建物内部に積もっていた埃が舞い上がった。

 もうもうと舞い上がる埃にむせながら家にはいってみても、やはり私の期待したようなものは何もない。かつての住人が残していった風呂釜や、せんべい布団、わずかの薪などだけが残っている。もしかしたら、ここの住人はいつかここに戻ってくるつもりでいたのかもしれない。

 一時間ほど村の中をうろついていると、だんだん夕暮れが迫ってきた。
 周囲を見回すと、当たり前だけれど誰もいない。


「……」


 誰もいない廃村。
 次第に日が暮れてくる。
 私につれはなく、たった一人。

 どうみてもホラー映画のワンシーンみたいな状況になってきたぞ。


 私は神様の類は朱雀様を見て以降もあまり信じていない。だが、霊は……ちょっとあるんじゃないかと思うことがある。


「帰ったほうがいいのかな」

 そう口にしてみるが返事はない。あったら怖い。


「帰ろう!!やっぱり帰ろう!!」


 意味もなく大声でそう宣言し、踵を返そうとする。が、その時、村を囲うようにして生えている木々の間に細い道を見つけた。傾斜のゆるい坂道に丸太を埋めて、階段を作ってある。

「階段」


 この上には道が続いているのだろうか。

 少し怖いような気もしたが、日没までにはまだ一時間近くある。さっさと行って道の先がどうなっているのか見て来よう。こんな廃村に何度も足を運ぶのはあまり楽しいことではないから、感じた疑問はその日のうちに解決しておきたい。
 怖いけれど、自分の気持ちを奮い立たせて階段に足をかけた。

 低く道を塞ぐように伸びた枝を避け、やっと坂道を抜けると一気に視界が開けた。


「わあ……!」


 まるで空に向かって歩き出したみたいだ。それほど長く歩いたわけでもないのに、海に向かって突き出した崖の上に出た。潮の香りを含んだ冷たい風が吹きぬけ、思わず首をすくめた。

 目を細めて海を見ると、漁船がいくつも浮かんでいるのが見える。


「すごい見晴らし……」


 胸のすくようなその景色に深く息を吸い込んで、何気なく周囲を見回すと、潮風で随分いたんではいるけれど、神社ほどではないけれど少し大きめのお社を建ててあるのが目についた。

 こういったお社は漁師町では珍しくない。漁師は危険と隣り合わせの仕事で、漁師が仕事中に命を落すことも多い。だからこういったお社を建てて神様に安全を祈ったり、また大漁を祈ったりする。
 これもその一つなのだろうかと傾いた鳥居をくぐると、尾の長い鳥を模した模様が鈴に刻まれていて、すぐにそれが朱雀様のものであることがわかった。
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