【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「なんじゃ……、美穂さは知らんじゃったか。
今の朱雀の家は全部、もともとはミサキ村の出身の者じゃ。ミサキ村は戦争のときに工廠(こうしょう、軍隊直属の工場)を建てるために70年以上前に廃村になってなァ。みなで村を捨てて平地に移住したんじゃ。その旧ミサキ村の村民子孫があんたがた佐倉の家じゃ」
「え……」
全く知らなかった。そうだったのか。私の実家の土地は先祖伝来の土地なんだと勝手に思い込んでいたわ。
「ミサキ村以外の土地から来た北条の嫁はだれであろうと朱雀様に命をとられるっちゅうて昔からよう知られとるで、ミサキ村の子孫の美穂さが嫁してよかったちゅうことじゃね。美穂さが未婚のまま東京から引き上げてきたちゅうのも朱雀様の采配じゃろうか」
「どうしてミサキ村の者でないと朱雀様に命を取られるんですか?教えてください」
住職は動きを止め、しばらく考えた。
「ほうじゃの……、どうしてじゃったかね。先代住職から聞いたことがあるような、ないような……なんじゃったかね。
なんにせよ、美穂さはれっきとしたミサキ村の子孫なんじゃけ、怖がることはねぇて」
住職はそう言って歯のない口を大きく開けてかかか、と笑った。
「……」
自分の身が安泰でも、ミサキ村だとか朱雀様に命を取られると聞いてはちゃんと話を聞かないことにはこちらも落ち着かない。その話を詳しく知っているという先代の住職に話を聞きたい気持ちはもちろんあるけれど、なにしろ今の住職でさえ九十代。その先代ならとうに亡くなっている。
「どれ、お茶を入れてんげようかね」
住職は空になった湯のみを取って立ち上がろうとした。
「あ、お住さん、私がやります。あと、ミサキ村のこと、もう少し知っていたら教えてください」
その後、住職が語ったところによると、ミサキ村はその名前どおり地元の海に近い岬の近くの村だそうだ。
工廠が建てられて廃村になった場所なので未だに工場の建物くらいは残っているだろうが、他には何もないという。
私はその話を聞いて、朱雀様と北条家、そしてミサキ村の関係について、もっと知りたいと思った。
その気持ちの根底には、やはりこの現代にいまだ家柄と血筋にとらわれ、自由な結婚を望めない北条家の男子に対する同情と、それに巻き込まれる形でいびつな結婚生活を送らざるをえない自分の状況の理不尽さになぜ、と問い返したい思いがあったからだ。
この結婚は誰のためにもならない。私のためにも、景久さんのためにもならない。それどころか、不幸な人が三人出来上がってしまった。
いくら相手が神様でも、こんな横暴が許されてよいものか。
私は住職にお茶のお礼を言って、その場を辞するとすぐに車に乗り込んだ。
ミサキ村。
そこに何かがあるのかもしれない。