【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「今夜、あなたの部屋に泊まってもいいですか」

「はああああああ!?なんでっ!!」


 私の素っ頓狂な声に、景久さんは動じない。

「なぜって、夫婦だからです」

 夫婦。その言葉に私は顔を赤らめてうつむいた。

 景久さんはまだ二十代の若さだ。おなかがすいていればあまり好きなものじゃなくてもおいしく食べられるのと同じように、好きな女ではなくとも、それなりに手を出したくなったりするんだろうか。
 イヤイヤ、私は景久さんがそういった類の男ではないことをちゃんとわかっている。景久さんがそんなかわいげのある、軽い男だったらここまで私達の関係はこじれちゃいないわよ。
 
 そうじゃない。


 私が逃げないように、そのためだけにこんな事を言っているのだ。
 桜子さんのことが発覚して、夫婦の関係に溝が出来たから、私を引き止めるためにこんな提案をしているのだ。
 私が逃げてしまったら桜子さんの心臓がどうなるか、分からないから。

 私は景久さんをにらんだ。


「そんなことをしなくても逃げたりしません。逃げたら朱雀との約束が果たせなくなって桜子さんの命に関わる事態を招くんでしょう?
 私は桜子さんの友達でもなんでもないけど、それでも人一人の命を人質にとられているのに軽率な真似はしません」

「美穂さん、そういう意味ではありません」

「だったらどういう意味ですか!!もう景久さんキモい!逃げる時は堂々と出て行きますから変な小細工はやめてください!」


 私はどん、と彼の胸を突いて押しのけると、自室に駆け込んで一人がけソファでドアを封鎖した。

 なんだっての!?
 そりゃ……私は桜子さんの存在を知ってショックを受ける程度には景久さんのことを好きだったかもしれないわ。 でもだからってそういう行為で私をつなぎとめようってのはどうかと思うわ。
 私はイライラと部屋の中をうろつきまわりながら、心の中で景久さんに毒づいた。

 私の行動一つに桜子さんの命がかかっているのだ。彼女とは特に親しいわけじゃないけれど、それでも彼女の病気については同情しているし、少しでも健康になって欲しいと思っているわ。
 だから景久さんの心の中に桜子さんがいようがいまいが私は逃げない。そういう気持ちがあるからこそ私は逃げないとちゃんと景久さんに宣言したはずなのに、少しも私の気持ちがわかっていない。

 ええい腹の立つ。何度も私を信じろといっているのにそうしようとしない。私は景久さんが思うほど性格の悪い女じゃないわよ。ルックスはイマイチだけど中身はフェアでサバサバ系で、都会風のいい女なのよ!!

 私は腹を立てたまま携帯を取り出した。

 『夫』と検索しようとすると、検索バーに検索予測が出てくる。そのいくつかは『夫 英語』などの検索予測に混じってかなり上位に『夫 死んでほしい』『夫 嫌い』『夫 不満』などという言葉が表示される。
 ただ単に、景久さんに信用してもらう会話の方法を調べようと思っただけなのだが、その検索予測を見て世間の妻の皆さんもご苦労されているんだなぁとため息が出た。

 私が死ぬか、彼が死ぬかしか桜子さんを生かしたまま私達が別れる方法がないというのならば、いっそ、私が殺されるんじゃなくて、景久さんを……。ねえ?
 だってそもそも私も桜子さんも悪くないし。この三人の中で何かをたくらんで悪意を持って行動したのは景久さん一人だしね……などとドス黒い考えが浮かんだ。

「……ふっ、フハハハハハ」

 思わず自分のキレっぷりに笑ってしまった。人間追い詰められると自分らしくないことを思いつくものだ。


 私は誰も殺さないし、今はこの家から逃げない。
 だってこの家はおかしいもの。朱雀さまだって神様の姿のあり方として、その存在は明らかにいびつだ。
 もともとの動機ははお金のためだけれど、私は理由はともかくこの家の嫁になった。
 景久さんと離婚をすることは私の中でもう心に決めたことだけれど、いずれ離婚すると決まってはいても、私がこの家の嫁だったという爪あとくらいは残していきたい。


「美穂さん、ちゃんと話を聞いてください。ここを開けてください」

「はああああ?何を言ってるんですかしつこい男は嫌われますよ!」


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