【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】


 女将が去ってしまってから、彼はゆっくりと話を切り出した。


「僕の家、北条家が非常に古い家だというのはご存知ですね。
 では、我が家が朱雀様を信仰する家であることはご存知でしょうか」

 私は頷いた。
 北条家は昔からこの地域の祭祀を取り仕切る家だった。地域の七五三などの祭礼もこの家がたくさんお金を出して、この地域の古い文化を守る役割を担っている。
 

「僕の兄は現在北条家の当主を務めていますが、去年、当主の妻が亡くなりました。
 我が家では代々当主の妻が朱雀様の祭祀をつとめるしきたりがありまして、当主の妻が離婚や死別などでいなくなった時点で当主が代替わりすることになっています。
 北条家では北条グループの経営権と北条一族をまとめる権利のすべてが当主にあり、当主が不在ですと北条グループの経営が成り立ちません。
 実際、当主不在の今、北条グループ全体ですでに200億近い損害が出ていますので、一日も早く新しい当主を決める必要があるのです」

 私は頷いた。北条グループのトップは必ず北条家当主がつとめるというのはこの地元の人なら皆知っていることだ。
 しかし、北条家当主の妻が亡くなった時点で強制的に当主が代替わりするとか、当主不在だとグループの経営が行き詰ってしまうとか、そういう話は聞いた事がなく、今初めて聞いた。

「北条家の当主になる資格のある北条家男子は現在数人います。が、この男子はいずれも独身です。
 独身者は当家の当主になれません。なぜならば当主の妻が不在ということは当家の祭祀を務める女性がいないということを意味するからです。
 朱雀様の祭祀をおろそかにしては北条家の繁栄はありません。ですから当家としてはなるべく早く北条家男子に朱雀様のお世話に慣れた女性を妻として迎える必要が出てきました。
 朱雀様に関しては、あなたご自身が現在ご実家の『巫女さま』というお立場ですので、今さら僕が説明をする必要は無いと思いますが、そのつもりで話を進めてもいいですか」

 私は内心驚きつつもとにかく頷いた。

 そうか。今まで地域の祭礼なんかに北条家がお金を出しているのは知っていたけれど、北条家でも朱雀様を祀っていたんだわ。でも、そうね。よく考えたら古い家柄だし、そういうものなのかもね。
 でも北条家の朱雀様信仰が他の家と違うのは、娘ではなく「当主の妻」が朱雀様の巫女さまを務めるという点ね。普通はどんな神社の巫女も基本的には未婚であることを求められるはずだが、北条家では違うらしい。


「それで、これもあまり知られてはいないことですが、北条家の当主の妻は代々朱雀様のお社のある家の娘、と決められています。お社のある家の娘なら朱雀様のお世話に慣れていますから」

「ああ……そういうことだったんですね」

 私はやっとこの人が私に求婚した理由がちゃんと理解できた。

 朱雀様信仰はこの土地でも非常に少なくなってきている。

 この町は田舎で、北条家の力でなんとか周辺の自治体のように過疎化が進む一方という状況にはなってはいないものの、それでも若い女の子の多くは進学や就職で都会に出てしまい、出て行った先で結婚してそのまま帰らないパターンが多い。ほとんどの若い人はその時点で朱雀様信仰も一緒に忘れてしまう。
 女の子は家の事さえ出来るように仕込んで、早くにお嫁に出すのがよいという古い考え方がこの地域にまだ根強く残っているのも若い女の子がこの土地を出て行く原因のひとつかもしれない。

 そして朱雀様を信仰する家が減っているのは女の子がこの土地を出てしまうことに加えてもう一つ理由があるように思う。巫女さま制度の厄介なところは家に娘が生まれなかった時点で祭祀を受け継ぐ人がいなくなるという点。

 昔のように一つの家にたくさん子供が生まれていた時代なら長男の子どもに女の子が生まれるまで、長男の姉妹が実家に残って朱雀様のお世話をすることも可能だったろうが、今は一組の夫婦が子どもを作ってもせいぜい二人か三人。長男に女の子が生まれるまで姉妹が結婚もせずに実家に残るということは大変難しい。だから朱雀様を祀っている家ははっきりそれと分かるほど数が減った。

 朱雀信仰の家はまだ我が家以外に七軒ほど残っているものの、その中のどの家も娘がいたとしてもまだ結婚できる年齢ではないか、あるいはすでに娘が結婚して家を出ている。
 唯一独身で、まだ朱雀様の巫女さまの立場であり、結婚できる年齢の未婚女性といえば……たぶん、私くらいしかいないんじゃないだろうか。

 私自身、東京で働いて、自分が巫女さまだということもすっかり忘れていたので意識した事がなかったけれど、もしかしたら成人している巫女さまといえば私だけなんじゃないだろうか。


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