【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
結局その夜、私は景久さんに電話をかけた。
きっちりと腹をくくって電話をかけたつもりだったのに、二回目のコール音が聞こえると、私は自分の決心に自信が持てなくなり、三回目のコール音でやっぱりもう少し考えようと電話を切ろうとした。
しかし、その瞬間、携帯から穏やかな声が聞こえた。
「はい、景久です」
自分から電話をかけておいておかしな話だが、まさか彼が出るとは思わず、私はぐっと言葉に詰まった。
「美穂さん?」
「あ、いえっ……あの、えっと…………いいお天気ですね………」
つい天気の話をふってしまい、携帯の向こうで一瞬の間があった。私は彼に電話をかけたことを心の底から後悔した。
電話の向こうで彼の笑う気配がかすかに感じられた。
「ええ、星がきれいですね。久しぶりに星空を見ました」
ああ、そういわれてみれば今は夜中だった。
私は苦し紛れに発した自分の言葉に顔を赤らめながら、部屋のカーテンを引いた。
彼の言うとおり、窓の外には夜空が広がっている。東京とちがって夜の八時には真っ暗になってしまうこの街。私も、こんなに澄んだ星空を見上げたのは何年ぶりだろうか。
「星がお好きなんですか」
彼の言葉にふと我にかえった。人に電話をかけておいて、私は何分も黙ったままだったらしい。
「ああ、すみません」
「いいえ、それで、ご用件は?先日お話した件のお返事をいただけるのでしょうか」
「あっ、そ、そう、そのことでお電話したんです」
私は星を見上げたままもう一度腹をくくった。
景久さんは変人だし、北条家という厄介なものを背負った人だ。きっと私は嫁ぎ先でもいろいろと苦労することだろう。その上、私は景久さんをこれっぽっちも愛してはいない。
でも、多分私はこの人の穏やかさ、……嫌いじゃない。
夜中にいきなり電話をかけてきた私が、突然星に見とれて無言になっても、彼は黙って私に数分の猶予をくれる。
そういう、彼の生まれ持った優雅さはきっと今後私が追い込まれたときに私の救いとなる。
そんな予感があった。
よし、……いける。たぶん。
この時私の中に閃いたものは今まで私が恋に落ちてきたそのどれとも違う、もっと冷静で計算高いものだった。
その感覚はたとえば、何か新しい仕事を任されたときの感じに似ていた。
自分の能力を超えた仕事か、そうでないか。一瞬の計算だけれど、それが私の頭を妙に透明にした。そこには嫉妬も愛欲も執着も入り込む余地はなかった。
「三千万円の話なんですけど……、お受けします」