【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「景久さん」
「あなたに怖い思いをさせてしまったことは謝罪します。
ですが、僕はどうしてもあなたを妻にしたかった。あなたが巫女さまであることはもちろんですが、それ以上に……僕個人にあなたが必要だと思ったのです。
僕は婚儀の夜あなたに誓いました。
僕を選んでくださったこと、生涯後悔させません。僕はあなたの剣になり、盾にもなります。ですから、どうか僕の巫女さまになってください、と。
今もその気持ちに嘘偽りはありません」
彼は私の目をしっかりと見つめてそういう。
あの夜の言葉。
私が彼に添うことを決めたあの言葉。
彼は金で買った私という女に膝を折り、頭をたれて希(こいねが)った。
だから私は腹をくくったのだ。
何の根拠もない思い込みだし、私はこの人について何も知らない。でも私は彼を信じられると思ったのだ。
私は景久さんを信じた。そしてまた、私はいま、たぶんこの人に騙されそうになっている。
なぜだろう、景久さんのやっていることは必ずしも私のためにはなっていない。そういう人なのだ。それが分かっているのに、この人の目にはなんともいえない潔癖さがあって……私は仕方なく丸め込まれてやらなければいけないような気がしてしまうのだ。
私はそこまでこの人に惚れているのだろうか?
私は黙って景久さんをじっと観察した。
品の良い美貌に冷めた目。優しげな物腰の裏に漂う突き放すような冷たさ。
彰久が言うのは少し大げさかもしれないけれど、決してこの人はいい人なんかじゃない。目的のためならばずるい事もやるだろう。しかも始末の悪いことに、この人は頭がいい。私よりもずっと。だからきっと私はこの人の腹の底を察知してうまく立ち回るなんてことはきっと一生できないだろう。
それなのに、私はこの人を突き放そうという気になれない。逃げ道がなくなるほど言葉で彼を追い詰めて、彼の罪を暴こうという気にもなれない。
なぜなのだろう。私はそんなにイケメン夫に心をもって行かれてしまったのだろうか。
私は自分の心の動きを客観的に理解できないままため息をついた。
信じても、私はきっとこの人に騙されるだろう。でも……心のどこかで、私はこの人を信じたいのだ。
「景久さん、あなたね……、私の盾となり剣となるって言いますけど、そもそもあなたが私をこの家に引き込みさえしなきゃ、私は盾も剣もいらない文化的な世界で生きていられたんですけどねぇ」
彼を非難するつもりでそう口にしたのに、出てきた声音は諦めたような響きだった。
彼はそれを聞いて少し考え、そしてふふっとかすかな声を立てて笑った。
「確かに。自分で引き込んでおいて守るとは。我ながらおかしなことを言っていますね」
「あなたが私を武器にしてるんでしょ」
「夫婦とはそんなものなのかな、一つ勉強になりました」
勉強になりましたじゃねーよ。この人、穏やかで紳士的な態度だが、実は結構自己中心的なんじゃないか。油断ならない男である。
たぶん、私はあまりこの人に物事の段取りを任せちゃいけないんだわ。
今後は儀式やこの家のこと、朱雀様の祭祀に関しては自分でも情報を集めてちゃんと自分の頭で判断して動こう。夫だから当主だからとこの人を立てていたら口先三寸でいいようにされてしまう。
私の中にあった彼への知的だとか誠実だとかいうイメージはガラガラと崩れ去った。
朱雀様のことを黙っていたのはもう済んでしまったことだからいまさら言っても仕方が無いが、しかしこれからは今までと同じようにホイホイとこの男のいいようにはされない。
小さくため息をつくと、景久さんが私に声をかけた。
「聞きたいことは他にはありませんか」
「あ、ありません。いまのところは」
「そうですか」
彼はそれを聞くとちらと時計に目をやった。忙しいらしい。
私はふうーと長く息を吐いて気を落ち着けた。
仕事前のビジネスマン相手にぐだぐだと夫婦のあり方を説いても、きっと身を入れて聞いてはくれないだろう。