『私』だけを見て欲しい
その手の感触に、顔を上げた。

「…結衣が好きだ。ずっとお前しか見てこなかった…。初めてディスプレイを任せた時から…お前は俺の心に棲んでる…。これからも…ずっと…それだけは変わらない…」

優しく髪を撫でてた手が離れる。
その手を思わず握った。

「私の中にも…貴方が棲んでます…」

恋に落ちた瞬間から、貴方は私の中に根づいた。
その根が深くならないように、私は一生懸命ごまかした。

娘だから、母親だから…と『役割』ばかりを優先して。
『佐久田結衣』を後回しした。
これまでそうしてきたように、これからは尚一層、そうしようと思った…。


逃げてた。自分から。
見たくなかった…。
自分の気持ちを。


でも、もう…譲らない。

この人を想う気持ちを譲れない。

他には変わらない。

この人は…

『私』だけを見てくれるからーーーー



「拓斗さん…ずっと…私の中にいて…。どこへも行かないで…『私』だけを見て欲しい…」


「結衣…」


そぅ…と、唇を寄せた。
整ってきた呼吸が温かい。
初めてのキスを思い出す。
ドキドキして切なくて、先のことは何も見えなくなる。
今、この瞬間…


(この人と…恋に落ちる…)


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