『私』だけを見て欲しい
「素敵な商品でしたね…」

『美粧』の営業さん2人組をエレベーター前で見送った後、私は山崎マネージャーを振り返った。

「あれが売り場に並んだら、本当に一番に買いたいです…」

今は仕事が忙しくて寄せ植えもしてないけど、あれが手に入ったら、もしかしたらまた始めよう…って気になるかもしれない。

「…それにしても知りませんでした。マネージャーがネコ派だったなんて…」

笑いが弾ける。
人は見かけじゃないんだな…って、つくづく思った。

「可愛いですね。ネコちゃん名前なんて…」

唇に触れた掌に驚いて話すのをやめた。
赤い顔したマネージャーが、シィ…と指を立てる。

いつもと違う顔。初めて見る表情。
ドキン…と胸が小さく鳴った。

柔らかそうにクセのある前髪の隙間から見える目が、私を捉えてる。

「もう勘弁してくれ。話はここまで」

いつもの上司の顔じゃない。
今、見せてくれてるのは、一人の男性としての顔…。

「…す、すみません…」

小さな声で謝る。
自分の息がマネージャーの掌で跳ね返る。
その温もりに、更に胸の鼓動が早くなった。

離れていく手を眺めながら、ドキドキ…と動悸がする。

「商談は終わり。売り場に戻っていいから。…あっ!さっきの話、シークレット事項だからな!」
「は…はい…」

事務所に入っていくマネージャーを見送る。
久しぶりに感じた胸の早さに、少しだけ…戸惑いを感じた…。
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