バゲット慕情


 午前十時。

いつも比較的落ち着いている時間帯だ。

有線ラジオから、古い映画音楽が流れている。

何という映画の何という曲だったか、美智子には思い出せない。


 華は洗い物を終えると、美智子が声をかけるより先にホールに出て、近所の主婦らしい女性客のグラスに水を足した。

ありがとう、と客が会釈し、ごゆっくりどうぞ、と華が浅く頭を下げる。


 水のポットを手に戻ってきた華を、美智子はつかまえた。


「華ちゃん、卒業した後は別の大学の大学院だっけ。

工学部だったわよね」


「はい。建築科です」


「そうだったそうだった。

聞いたこと、何度もあるわね。

そうよ、図面というのかしら、あれも見せてもらったことがあるわ。

確か、船の設計図」


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