押してダメでも押しますけど?
「社長、どうせ立川さんには敵わないんですから、いい加減朝からごねるのやめたらどうですか?」


その声に振り返れば、ニヤニヤしながらこちらを見ている人が数人。



うちの会社に社長室は無い。



つまり、先ほどのやり取りは、他の社員に筒抜けという訳だ。


「何だ、曽根。

 お前、俺の味方じゃないのか?!」


社長が眉間に皺を寄せる。


「いや、敵とか味方とかの問題じゃなくって・・・」


曽根君は苦笑しながら答えた。



曽根君は、我が社の数少ない営業の一人。


彼のコミュニケーション能力は抜群で、下手に社長の機嫌を損ねることはない。


放っておいても問題は無いだろう。


私は、コーヒーの準備をすべく給湯室へと向かった。



社長専用のマグカップに、ドリップコーヒーを3分の1ほど入れる。


そこに牛乳をたっぷりと注ぎ、角砂糖を3つ。


もはや、コーヒーと呼べるかも怪しい社長専用コーヒーの完成だ。


ホント、こんなもんよく飲めるなと思う。


前に社長に勧められて、試しに飲んだ時、この液体からコーヒーの味を感じ取るのに苦労した。


「甘すぎます・・・これなら、コーヒーじゃなくても良いんじゃないですか?」


という私の意見に、社長は到底理解できない返答をした。


「コーヒーに含まれるカフェインは眠気防止になる。それに糖分は脳の唯一の栄養源だぞ?適度な摂取は必要だ。」



・・・・これ、適度か?


もう何も言うまい。



切り分けたカステラとコーヒーをお盆にのせて戻ると、曽根君と社長はまだやり合っていた。



「じゃあ、立川さんに味方した俺が社長の敵なら、立川さんは社長の敵ってことですか?」


おっと、私を巻き込まないで欲しい。


社長を見ると、反論できずに黙っている。


ただいま、8時50分。



そろそろ潮時かな。



どうやって収束させる考えていると、入り口の扉が開いた。



「おはよう。と言いたい所だけど、朝から何やってんだ?」



入って来たのは副社長。



私は、内心ホッとため息をついた。



副社長の登場によってこの不毛な戦いは終わった。
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