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「…ごめん。あまり美味しくなかった?」


恐る恐る聞いて来る美咲にハッと我に返る。


「あ、悪い。美味いよ。ちょっと昔思い出してた」


サンドイッチを頬張りながらの苦笑いを漏らす。

ほんと、凄い凄い昔の事。

記憶って、そう簡単には消せねぇな。


「昔?サンドイッチで?」


クスリと笑う美咲は、「どんな?」そう言いながら俺の前に腰を下ろした。


「大した話でもねぇよ。よくお袋が作ってくれてたなーって」

「サンドイッチを?」

「そう。小学ん時からお袋が朝早くに仕事に行くからさ、いつも作って置いてくれてんの」

「へぇー…優しいね。お母さん」

「でも中学ん時からいい息子してねぇから折角作ってくれていたのも一切食わなかったって言う最低な過去の記憶」

「きっと素敵なお母さんだったんだろうね」

「今思うとな。…そろそろ仕事行くわ」

「あ、うん」


食べ終わった後、作業着に着替えて玄関に向かう。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」


玄関で見送る美咲に笑みを浮かべ、俺はドアに手を掛けた。

だけど開けようとしていたドアの手がピタリと止まり、俺はもう一度振り返る。


「みぃちゃん?」

「うん?」


首をかしげる美咲を俺はジッと見つめた。


「無理してない?」

「…無理?」

「ここに居るなら何かしなきゃいけないとか、俺の為に何かしないといけないとか思ってない?」


ずっと思ってた事。

時折沈んだ表情を見せる美咲の表情。

無理して笑ってる表情。

生活改善。と言ったのは本当なのかも知れないけど、もしそれが俺の為にとかだったら余計な事。


「…なんで?何も無理なんてしてないよ」

「そっか。ならいい」

「うん」


やんわりと笑みを浮かべた美咲に頬を緩め、俺は仕事場へと向かった。
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